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自己紹介

アリマカナコ
作家兼自身のパトロン(会社員)。文章・フィクション・ノンフィクション を書きます。
1991年生まれ。東京都在住。熊本県熊本市出身。
大学時代は、戯曲を主に執筆。
現在は戯曲の他、小説、エッセイ、ブログを執筆し、ネット上での発表やイベントでの出展等で勢力的に活動。
自身のコンセプトカフェ訪問での出来事や心情をまとめた「メイドカフェご帰宅日記」(2015年)が100部を完売。他著書多数。
趣味は、一度も行ったことのない場所へ行くこと。飲食店で頼んだことのないメニューをオーダーすること。


連絡先
arima.oremeru@gmail.com

やってること
・イベント出展(文学フリマコミティア、自主企画、etc)
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・noteブログも更新中。
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配信内容はその時々によりけりですが、ゆるーく雑談、たまに各種更新通知&イベント出展紹介等々。

世界を変え終えた日の夜

それもいつか当たり前の日常に成り下がってしまう。

 

世界にこの瞬間が確かに永遠に刻まれた、そう信じられるライブではなかった、今日見に行ったリリ―スイベント。

演者もお客さんにも「飽き」の色があった。

持ち曲少なくて、同じような内容のリリイベをもう何十回もやってるんだろうな。

誰もこの一曲がこの子たちが世界を変えると信じていない空間。

惰性、散漫、緩慢。

「この平坦な日常が永遠に続いていく」的な絶望はどうしたら打ち砕けるのだろう。頭で考えてもそんなのわかりっこない。

 

音だけが真っすぐプロの仕事で、音楽が好きだ、という確信だけが強くなった。

 

世界を変えた日の夜を越えたらもう、プロとして一流の仕事が出来るようにならなければならないってことなんだろう。

「あの頃はよかった」

ぐっと飲み込んで、次の一手を愚直にやるよ。

今はとてもそうは信じられなかったとしても、泥を飲みながら静かに磨き続けたそれがいつかまた世界を変える日が来るよ、絶対。

 

 

 

 

4/22橙幻郷主催ティーサロン

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秋葉原メイド喫茶橙幻郷の店長、有村̪̪詩音さんが日本紅茶協会のティーインストラクターの資格を取られたということでずっと気になってたんですが、ティーサロンを開催されるとのことでせっかくの機会なので行ってきました。

橙幻郷ガチ勢のお嬢様に囲まれてお話を聴くことになるのかしらと思いながら伺うと、超少人数で、えっこの人数で詩音さんと橙幻郷を独占してしまって本当にいいの!?

とヲタク的な高まりを覚えつつ、紅茶の入れ方講座と、紅茶の知識を色々教えていただく。

紅茶の入れ方ゴールデンルールは、紅茶の本を読んだり、文字ベースでは知ってる情報も実演してもらうとやっぱり具体的でわかりやすくて面白かったです。

11月1日が紅茶の日なのは知っていたけど、これはちゃんとした由来があって、

1791年11月、大黒屋光太夫が日本人として初めて外国での正式の茶会で紅茶を飲んだことにちなんで11月1日が紅茶の日なんだって!

www.tea-a.gr.jp

 

わたしはてっきり語呂合わせのたぐいだとおもってたけどちゃんと理由があったんだね…。

 

紅茶協会のティーインストラクター資格を取得するまでの話も伺ったんだけど、ペーパーテストや実技のテスト、それから出席とかがかなり厳しいと聞いてびっくりした…。

受講料払って講義を受けてれば自然ともらえるタイプの資格かとおもってた…失礼!

 

ひととおり紅茶の講義が終わった後は、詩音さんとお嬢様とコンカフェヲタクトークしたり、あと橙幻郷の新人メイドさんともお話ししたり…、、なかなか女性だけでカフェヲタトークできることないからすごい新鮮で楽しかった~~。

 

 

以前受けた煎茶の入れ方講座と紅茶の入れ方講座、両方受けてみて、一番の違いはやっぱ茶葉にお湯を注ぐ時の温度なんだなと分かった。

煎茶は熱湯すぎるとダメで、一方紅茶は熱湯じゃなきゃダメ。それがそのまま入れ方の違いになってて、

煎茶は

湯呑を温める→湯呑を温めたお湯を適温まで下げて急須へ→急須から湯呑へ。最後の一滴まで入れる

紅茶は

茶器は茶器で温めておく→沸騰したてのお湯を茶葉が入ったポットに注ぐ→温めておいた別のポットに最後の一滴まで入れる→ティーカップに注ぐ

 

どっちも茶葉に注ぐお湯の適温に応じてる入れ方で、合理的なんだな~と知った。

ほんとに早く茶器揃えたい!紅茶用も煎茶用も。

どちらも売ってるお店を通りがかるたびにチェックするんだけど、なかなか気に入ったものが見つからない~。

 

 

「あ、でも恋愛対象は男の人でー」 みたいな注釈を自分で入れなきゃいけない風潮がすっごい嫌!!!!

女の人が女性アイドルを好きみたいな話をテレビでするとき、

「あ、でも恋愛対象は男の人でー」

みたいな注釈を自分で入れなきゃいけない風潮がすっごい嫌!!!!!そこ別に関係ねーーーーだろ!!!!男性が男性アイドルを好きみたいな話をする時もしかり!!!!どっちだろうがアイドルや芸能人を好きな気持ちの純度も性質も変わらねえだろう!!!!性志向が女に向いてる人間が女性アイドルを好きだったら下心?そうじゃなかったら純粋な愛?んなわけねーーーーーーだろ!!!

もうこれは正義とか倫理とか道徳のフェーズじゃなくて完っ全に感情レベルから嫌!!!!!!!

 

今は外見から得られる情報で性志向が判断できるって思ってる人が多数の世の中だけど、それがもし「外見情報は性志向と結びつかない」が社会通念になったら、全員が自分の性志向を説明することが普通の世の中になるか、誰も説明せず、恋人になるならないの瀬戸際でだけひっそりと明かされることになるんだろうか。

でもよく考えたら、男の人が好きな女の人も、女の人が好きな男の人も「男ならだれでもいい」「女ならだれでもいい」なわけないじゃん。

性志向って本当はすごーーーーく細分化されてて異性愛者だからマジョリティじゃなくて異性愛者の間でも人それぞれだから、ほんとはみんなそれぞれマイノリティなのにねー。

わたしがネットに自分の恋愛事情を明かさないのは、どっちと思ってもらってもどうぞ、私が付き合いたい人と私と付き合いたいとおもってる人にしか関係ない情報じゃんって思ってるからだろうね。

インターネットもテレビも一番生身の肉体関係ないのに。

今は割と割り切れてるけど、学生の頃アイドルとコンカフェにどっぷりつかっていたのは、性志向の関係ない世界に行きたくてたまらなかったから

っていうのは一つ、絶対ある。

 

どんなに賢明ぶってもそれ以外は全部フィクション。

朝、ほとんど思考が窒息している状態で満員電車に乗る。

混濁した意識に、近くにいる女子大生の話が流れ込む

「カットモデル」

「先輩にインスタフォローされた」

「被写体の依頼をされて」

「LINE交換できてたかもしれないのに」

在学中からそれに辟易して引きこもってしまったきらいもあるけど、大学生の自意識って強烈だったなそういえば…

とおもいだすと同時に、もうその世界観とか話されている単語がフィクション、ファンタジーにしか聞こえなかった。

私が大学生の頃もあったのに。

 

昼休み、オリジンに言ったら外国人の女性に

「Fish?」

魚のお惣菜はどれ?

と聞かれているのを理解して、

「Fish!」

あんこうのフライを指した。

「あ、あとこれも」

ともう一ついかとあじの和惣菜みたいなのも指さすと

「Also fish?」

と聴き直されて、

ああ、そういえばいいのね!と学んだ。

アルファベットだけで会話する世界を、私は知らない。

 

オリジンの袋をさげて、反対側の手に財布を抱えて事務所へ歩いて戻る帰り道、ああ、人間は、驚くほど今現在自分が身を置いている環境で自分がやっていることしか現実としてとらえられないんだ、と思い知った。

どんなに賢明ぶってもそれ以外は全部フィクション、ファンタジー。

だって大人はみんな子どもだったことがあるはずなのに、都市は驚くほど子どもが存在しないことを前提につくられている。外のお手洗いも、駅も、なにもかも。

自動販売機の上の段が押せないもどかしさ、町の何もかもが自分を対象に作られていない疎外感、大人になるとみんなどうでもよくなっちゃうのね。

だから伝わらないのなんて当たり前、言いたい意図を取り違えられて当たり前、そう思えるまでどれだけかかった。ううん、本当は今でもどこかで「必ず伝わるはずだ」信じようとしてしまっている。そのためにこの先何回伝わらなかった、と失望するんだろう。

でも勘違いかもしれないけど、「今、伝わった」そう思ってしまう瞬間がどうしてもあって、そういう瞬間を信じて、今日も伝えようとする意志が潰えない。

 

 

つくってるのがパンだろうがご飯だろうが映画だろうが演劇だろうが

先週のはなし。

午前中気分が鬱すぎて、あーもうこれはどんなに高くても美味しいものを食べなければ救われない

とおもって、街で一番高いかもしれない、でも一番おいしいパンを買いに行った。

手の平より小さいパンが牛丼より高い。頭おかしい。でもおいしい。麻薬。

で行って思い出した、このパン屋はいつ行ってもいる、新人に辛辣に当たって先輩風吹かせた30~40代の女性店員がいること。

お前は仕事がまごつく新人が害悪だと思ってるかもしれないが、客に不機嫌隠さず新人に辛辣に当たるお前の方が100倍害悪だよ!!!!!!!!!!!

客が牛丼屋じゃなくて、オリジンじゃなくて、このパン屋に来る理由を考えたらわかるだろ!!!!

なんかさー、いや別にいいよこの際私のことは。

でもサラリーマンとかOLとかお母さんとかお父さんとか、とにかくその街に住む、市井の一人のひとがね、気持ちが落ち込んでて元気出したいとおもってそこへ来て、その気持ちに寄り添えないどころかむしろ踏みにじるようなものがそこにあるって、それはもう何をやってもダメだろうと思います。

つくってるのがパンだろうがご飯だろうが映画だろうが演劇だろうが。

前暗い救いのない舞台を見に行った帰り、推しの女優さん目当てにその舞台を見に行ったであろう人たちが帰り後ろを歩いていて、

「仕事で疲れた帰りに、あのテンションの舞台はつらいよねちょっと」

って言ってて、それを聴いて、あーだから、それは元気の出るテーマを選べ絆友情愛情コメディをやれとか、そういうことじゃなくて、沈んでる人に寄り添えない表現って私にとっては価値ないなって、思いました。

どんな気持ちの時でも、そばに寄り添ってくれる表現に救われ続けてきたから余計に。

 

 

20回目の帰宅。新人と先輩、働くことのエトセトラ。

午前、出かける支度がはやめに終わったのでブログでも書こうかなとおもって編集画面を立ち上げた。

少子高齢化で安月給、なのにサビ残当たり前の現代、誠実に働こうとすればするだけ損だからのらりくらりとかわしていい加減に最小限しか仕事しない、という結論に至るひとがたくさんいて当たり前だ」

という主旨のブログを書いていたんだけど、何も新しいこと面白いこと言えてないな、私がこれを言う意味ないなと思って全部消して家を出た。

 

池袋のお屋敷ことスワロウテイル。20回目の帰宅。

扉を開けると藤堂執事と…初めてお姿を見るフットマン。

今日の担当、「ナミカワ」さん、と紹介された男の子、とっても新人オーラが出ています…。

 

今日はいつも以上におとなしく静かに、彼が定型の動きで全てお給仕できるようにしよう私がもやっとする事態のトリガーを自ら引かないようにしよう…とおもっていたけれど、メンバーズカードの受け取りからメニュー説明、オーダー取り、カトラリーの並べ方、あまりにもぎこちなく所在なさげだったので、

(たぶん『新人だろうがプロとしてお給仕しましょう、自分から新人アピールしないようにしましょう』的な指導は受けてるんだろうけど、もうここまで行くと『新人なんです』と言わせてあげた方が私も彼もこのあとの時間全般楽になれるだろうな…)

と思って

「今日で何回目のお給仕ですか??」

と聞くと、ナミカワさんは一瞬答え方を迷った後

「…はじめてなんです。」

と。

「えっ!!!はじめてなの!!!!わーーーがんばってくださいね!!!」

そうか4月初週の5日間休館してたのって、新人研修期間も兼ねてたってことなんだろうなあ…。

 

大丈夫!?浅葱さん!!とたびたび浅葱さんにおもったことあるけど、いまやこのテーブルの前を通り過ぎて行く浅葱さんがだいぶたのもしく見える…。

 

先輩フットマンの能見さんが彼の指導係のようで、自分の担当卓並みに私のテーブルも気にしてくれて、

「ナミカワどんなかんじですか?何かあったら言ってくださいね!」

とたびたびフォローしに来てくれた。ベル鳴らすと能見さんがまずすっ飛んできてくれた。

初日の彼も慣れない仕事で大変なのはもちろんだけど、違うベクトルで同じぐらい先輩たちも大変だ!自分の仕事しながら新人卓も気にして新人の挙動にも気を配らないといけない…。

そして当然お嬢様側も負担負うことになるし。わたしはお屋敷のメニューは飲食代にサービス料込みの価格設定だと勝手におもってるけど、先輩たちとはとても同クオリティとは言えないお給仕に対して、でも払う金額は同じだから。

だから私はなんかここでどう振る舞うかちょっと迷ったんだけど、極力感じ悪くならない程度に普通にやり取りして、失敗があってもあんまり一緒になってそわそわしないで、何か足りないものがあれば率直に「あれがまだないです」と言い、1人席なのに鞄を取ってくれようとしたら「(自分で取るから)大丈夫です」とそれとなくお屋敷の慣例を伝え…みたいな。

メイドカフェとか女の子が働いているコンカフェだったら不慣れな子にはもうちょっと無責任に優しくしちゃうけど、でもやっぱお屋敷は色んな意味で仕事ができない人には厳しい職場だから、初日から私が無責任に優しくして『あ、これぐらいでも別に大丈夫なんだ』ってここでちょっとでも思われてしまったら逆に後がつらいよな~実際正直まだ全然単独で担当フットマンやれるレベルに達してないんだからとか、とはいえまあこれだけ業務量あって初回から上手くこなせるわけないよな~~とか色んなことを考えて自分のテンション設定をした。

完全に結構ロープレの練習相手してる気持ちだった!!

もし私が今日が初めてのお嬢様だったら、今日のこの80分を受けてまたお屋敷に来ようと思えたかなー?とか考えると、あの未熟児具合でほんとに担当やって大丈夫?と思わないでもない…。人手不足とか何かやむを得ない事情があったにしても。

 

大河内さんがお化粧室帰りはエスコートしてくだすった。私より少し先に赤い絨毯で待っていたお嬢様をナミカワさんが案内して、そのすぐあとに大河内さんが来てくれてエスコートしてくださったんだけど、ナミカワさんが先のお嬢様をエスコートしつつ、けど自分の担当だから自分が何かしなきゃいけないんじゃないかと大河内さんと私の方を見てそわそわしていて、そのナミカワさんを見て大河内さんが怒るでもなくただ冷静に落ち着いた様子でそっとナミカワさんの身体をお嬢様の方に向けなおして今ナミカワさんがするべき仕事をするよう促した。

席についてから、こないだブルームーンに行きましたとか何飲んだとか、また行きますとかお話しした。今日の大河内さんと藤堂執事の安心感と包容力よ~~~。

 

そしておつりのやり取りやら2ポット目のお茶をギリギリ飲みきってどたばたおでかけ。藤堂さんに

「何召し上がったの?」

と。

「ボロネーゼ食べましたー」

「美味しかったでしょ?」

「美味しかったです!!」

「お屋敷のボロネーゼ美味しいからね~。わたしもパスタが好きで、2日に1回は食べるの。」

 藤堂執事は還暦をとうに過ぎたおじいちゃんだけど、いつも新鮮な在りようだしぴちぴちのフットマンたちを差し置いてとびきりキュート!!私も藤堂さんみたいな年齢の重ね方をしたい。

 

「行ってらっしゃいませ」

を八幡さんが笑顔で言ってくれてうれしかった。初めて担当してもらった時はほんとに八幡さん1回も笑ってなかった。私の顔を覚えてくれたから微笑んでくれるのか、わたしが「あ!八幡さんだ!」と思ってるのが表情に出てそれに呼応してくれてるのかどっちかわからないけど、いずれにせよ笑ってくれるようになってうれしい!

 

能見さんも八幡さんの隣で行ってらっしゃいませ言ってくれてて、80分間フォローありがとうございますおつかれさまですの意を込めて会釈。

 

この日頼んだメニュー

◎カトリーヌ(サラダ・ボロネーズパスタ・黒ごまシュークリーム)

ボロネーズはなんかお酒の味が出してるコクっぽい味がしておいしかった。

日替わりはケーキとジュレの味聞いてピンと来なかったらシュークリームにするのが私の中で安パイになりつつある。お屋敷のシュークリームおいしい~。

 

◎紅茶…チャールズ

ダージリンベルガモットのお屋敷独自ブレンドのアールグレイ。なんか安いアールグレイって秘儀ベルガモットッッッ!!!!!って味だけど、チャールズは上品なベルガモットだった。

 

◎追加の紅茶…ジョージ2世

アールグレイっぽい風味なんだけどもうちょいまろやかで飲みやすい紅茶だった。二杯目にしてよかった。できればもっとゆっくり飲みたかったなー。

 

なんか今日紅茶が美味しい気がする…と思っていて、隣の卓の会話を漏れ聞いたところ香川さんが紅茶担当だったそうだ。

今日の紅茶いつもより美味しい気がする…と思った日の担当毎回香川さんだなあ。同じ葉っぱと同じ水を使っているはずなのに、入れる人によって印象が違うの、お茶の世界って奥深い…。

 

 

帰ってから夜、カレーつくりながらぼんやり考えてて、

『音楽聴いても絵を見てもマンガ読んでも小説読んでも「会社員じゃないお前に何がわかる」とどこかでおもってしまう人達に届く仕事や表現が、コンセプトカフェにはあるんだろうな』

とふとおもった。

今日見たナミカワさんと先輩フットマンたちの新人と先輩にまつわるエトセトラってどこの職場でもたぶんある。

普段自分が働いているときは自分のことで必死だから主観でしか見れないことが、別のひとが働く職場では客観で見える。

仕事、働くことのいいことって、それがまともな仕事なら、何かしら働いてるだけでそれが必ず他の誰かのためになるってことだとおもう。飲食店だったら、まず単純にお客様のおなかを満たせるとか、洋服屋さんだったら、お客様のファッションの幅を広げられるとか。

仕事のクオリティが上がれば、もっと誰かのためになれる。

音痴でも運動神経悪くても絵が描けなくても上手なダンスが踊れなくても、何の芸術的才を持っていない人間でも、必ず誰かのために何かができる。場合によってはそれ以上に、仕事それ自体や仕事に向かう姿が誰かを救えることだってある。それはお客さんかもしれないし同僚かもしれない先輩か後輩か友人か家族か、誰か。

何の才もない人間も、真摯に働けば芸術と同等の、あるいはそれ以上の何かを成し得るんだって信じたい人間がコンセプトカフェに通うんだ、少なくとも私がもう5年も通い続けている理由の一端はそれだよって、気付いた。