赤の他人のご近所さん

スーパーに行くと、向かいから女性が歩いて来た。

あれーめちゃくちゃ顔を知ってるな、なんでだろう…と思ったら、朝、私と同じ時間の同じ電車の同じ車両の同じ場所に大体いつもいる人だったからだ。
同じ駅から毎朝同じ電車に乗るんだから、よくよく考えてみなくともそりゃ自宅からの最寄りが同じってことだ。

でもそういえばあの人、最近見かけなくなった気がする。

 

鮮魚コーナーでもう一度すれ違った時、その人の鞄に妊婦さんのマークが付いているのが見えた。

当たり前に視線すら合うことなく、赤の他人としてすれ違ってゆく。名前も知らないひと。でも、

おめでとう。お大事に。

ささやかに祈った。

 

あの憂鬱な満員電車に、気付かぬ間に乗り込むひともいれば、一人、また一人、知らぬ間に降りて行く。

居酒屋実況中継部

こないだ半兵ヱに行ったら、
・厨房(調理台?)
・入口
・レジ
・料理受け渡し口
が全部かなりよく見える席に通されて、週末で込み合ってて注文したものの提供が遅いのもあって、2時間いたうちの1時間強が半兵ヱの仕事模様の実況中継になった。

「おっとこのタイミングでご新規の来店はつらい…。まだバッシングが終わってない席が数席!!注文で手を上げてる人もいる!!人手不足!!」

「フロア担当、調理担当、あともう各1人ずつ絶対足りない!各テーブルの上で燦々と輝くバイト募集の札!」

「ファーストオーダーから50分経過!!この網で今焼かれてるやつはうちの卓のか??皿に盛られた!提供台に置かれた!フロア担当に渡った!…違ったーーー!!」
「あ!遅いりの人が出勤!バックヤードに入りました。これで多少円滑になるといいのですが」
「このハイボールに入っているのはストレートで頼んだ時のウイスキーの量と同じはずだから、たぶん比率はお酒1、炭酸9だな…。でもそこがいい。逆にこれで半兵ヱの酒がガチだったら逆にショック。濃い酒はポップじゃない。我々が今求めているのはクラシックでもメタルでもなく、Jpopなんだ!!!」

 

働いてる人見るの大好きだな…。コアタイムの飲食店はスポーツチームばりの連携がキモだね

 

日常と非日常の境界線。何百回も眺めていた場所に初めて踏み入る瞬間。

職場の最寄り駅から職場へ向かう道の途中には、小さなヴィンテージのお洋服屋さんがある。

最初は全く意識にも上らなかったそのお店が、何百回もそこを通っているうちにだんだん気になるようになってきた。

時々入れ替えられる、窓辺に飾られたお洋服が可愛い。

朝出社する時の鬱屈とした気分の中で、気付けばそのお店の窓辺を見ることが毎朝の小さな清涼剤になっていた。

 

意識に上るようになってから二年ぐらい毎日通りしなにその窓辺を眺めるようになってついにそのお店に足を踏み入れた、金曜日の仕事終わりの夕暮れ。

それまで外観だけ知っていた場所に初めて足を踏み入れる瞬間は、いつもどきどきする。

ずっと知っていたはずの場所に対して「初めて知る」と感じる。その場所との関係が結ばれる瞬間。

小さくてシンプルな内装の店内に、選び抜かれたかんじのヴィンテージのお洋服やアクセサリーが展示してあって、感じのいい店員さんが働いていた。

 

このお店に来るのは初めてですか?と店員さんに聞かれて

「はい。」と答えた後、窓辺から見える外を見ながら

「毎日そこを通っていて、飾らているお洋服が可愛いな…って。」

と付け加えた。数年越しにお店のひとに初めてそう告げるのがとても不思議な気持ちだった。

 

出ていきしなに挨拶した「また来ます。」

いつもの通勤路に戻り、駅に向かいながら、

本当にまた行くだろうな

と思った。

 

 

コンビニのBGM。真昼間の憂鬱。

職場の近くのコンビニにお昼を買いに行く。

入社したてのころ、今は真昼間だけどまだまだ日が暮れるまで帰れない、昼休みの憂鬱の中鳴り響いていたのが

ずっと夢を見て

今でも自宅でCMを見るとあの頃の曇天な憂鬱が鮮やかによみがえる。

そういえば最近あまり店内で聞かなくなった気がする。

 

今では昼番の人の顔はすっかり覚えた。向こうもたぶんそうだろう。

それでも今も変わらず、棒読みの「いらっしゃいませ」に私は視線を下げるだけ、それだけの関係。

 

 

夕方。事務所を出てもまだ明るい季節になった。涼しい。昼間に降っていたどしゃぶりの雨はいつの間にか止んでいた。

あのコンビニの前で、サッカー部の格好をしている小学生男子のグループが、反対側を歩く同じ背格好の少年を見て

「あいつ、女の子になりたいんだって。」

とつぶやいた。

 

今日も執拗に本の背表紙を眺める。また本を買う。

 

なんで最近また本が読めるようになったかわかった。

永続するとしか思えなかった、強固な平凡も不幸も幸せも何もかも、容易に壊れては新しい何かにすげ変えられていくことを私は知ってしまったからだ。

かつて誰もが失笑していた国のミサイルが飛び交い脅威になる。高円寺の片隅で歌っていたひとがメジャーデビューして地上波に出る。絶対的な国民的アイドルが解散する。いいともは終わる。テロは止まない。

なんだって起こりうる世の中だ。そう思う。

 

 

終業とともに始まる人生。眠りが死なら寿命はたったの6時間

毎日終業とともに始まる人生。眠りが死なら寿命はたったの6時間だ。

イートインスペースがある洋菓子屋さん。50分後に閉店ですと言われたけど、構いませんと答えたら、若干空気を読め的な空気を感じたがどうでもいい。

あまいものを食べる。疲労した脳にチョコレートケーキが沁みわたるのが麻薬的だ。

デカフェを初めて飲んだ。なんかちょっと紅茶っぽい。

 

電車で本に没頭する。最近本に没頭するスイッチを再発見した。

本屋で執拗に本の背表紙を眺める。ちょっとでも引っかかりを覚えたら最初の数ページだけぱらぱらめくる。を繰り返す。

リュックを背負った女と客が背中合わせに立ち読みしていて完全に通路が塞がれていて、こっちが遠回りするのもしゃくだなと思って無理やり通ったら、リュックの女が明らかに不機嫌な空気を出していたので、えーーーーーそっちが不機嫌になるの…

私が昨日の酔っ払い怒鳴りおっさんのように「リュック背負って立ち読みするな!!」と文句を言っていたらどうなっていたかを三秒ぐらい想像した。

 

ここには膨大な本があるけれどたぶん、棚2つ分の岩波文庫を全部きちんと読破したらもうそれだけで十分人生に必要な知見が得られると思う。

文庫本を買った。お会計。「特典のチラシです。」とぼとりとカウンターにチラシを投げ置かれる。いらねーよ。

 

まぐろ丼を食べる。テーブル席はガラガラなのに、一人客は問答無用で一人客で寿司詰めのカウンターに押し込められる。「テーブル誰もいないだろ!」と私が昨日の酔っ払い怒鳴りおっさんのように文句を言っていたらどうなっていたかを三分ぐらい想像している間に、隣の女性客が「テーブルに移っちゃダメですか?」と聞くも、やんわりと断られていた。でももしそれで快く「いいよ」って言われてたら、この席に通された私がそもそもなんなの…ってなるじゃん。

まぐろは美味しい。さっさと食べて帰る。

 

帰って本を読み終える。

買った文庫を鞄に移す。レジで付けてもらったカバーが、ブルーベリーに顔がついたキャラクターがついた変に色鮮やかなカバーでがっかり…。ださいカバーなんかカバーの意味ないじゃん。

あの茶色い紙に線と書店名が書かれた地味で素朴な本屋ならではのカバーが何気に好きなのに…。

 

風呂に入る。ブログを書く。歯磨きをする。noteを書く。小説を書く。寝る。

通勤電車に生息する、人ならざる者たち

帰りの電車。すぐ横にいる酔っ払いが、乗り換えの多い駅で席が空くや否や急いで網棚の荷物を取るもその間に席は埋まり、盛大に悪態をつきながら荷物を網棚に投げつけ、鞄の紐が私の頭に当たった。

反射的に距離を取りながら、恐怖心や怒りよりも、もはや哀れみの気持ちしかなかった。

酔っぱらって席に座れないだけでそんなに怒るのなんか、まず絶対幸せな人ではないじゃん。

幸せでもなく、矜持も持てず、理想もない。

自意識過剰なひともうざかったりめんどくさかったりすることだいぶあるけど、でも自意識というものが存在するだけ全然まだ人間だなと思う。

こう在りたいとかこうなりたいとか全然なく脊髄反射で声を荒げて鳴いている感じがもう、人ならざる動物すぎて、希望の余地がなかった。

 

でもたぶん一歩間違えば誰でもああなりうる。惰性で朝起き、通勤し、働き、飯を食い、寝る。努力は報われず、理想は叶わない。つまり全てが無意味。とりあえず毎月口座に金は入る。思考停止。

そういう思考を辿ってしまうような目に合い続けて、それに折れてしまう日が来れば、たぶん誰もがそうなりうるんだろう。

 

自分が自分に向ける視線を完全に忘れてしまう、それは絶対その方が楽だよ。
でもどんなに合理的でなくても馬鹿にされても捨てた方が楽でも 、それでも私は矜持を持ち理想を掲げることが無駄だとは思わない。

あのちゃんと水野しずさんが地上波放送に出るということ

あのちゃんや水野しずさんが、何も自分の資質をねじまげることなくどんどんテレビに出れるテレビなんだったら私はきっと毎日テレビに貼りついちゃうね!

とおもった。

 

『おしゃべりオジサンと怒れる女』 ゲスト水野しず

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注目すべきは坂上さんだと思う。

『不思議ちゃん』は、馬鹿かいじられキャラ

っていうカテゴリーがそもそもテレビや世間の中では形成されていて、冒頭のしずさん紹介VTRを見た時点で、まっさきに「そういう系の人間なんだろう」とカテゴリーに落とし込んだのが坂上さん。

けど実際のしずさんは、馬鹿にするにも安直にいじるにも、あまりにも真っ当な知性のある会話をしていて、かつ場に対して貢献しようっていう真摯さやサービス精神があるから、「馬鹿だ」といういじり方も「視聴者や司会者に歩み寄る姿勢がない、アーティストぶって調子に乗るな」という突っ込みもしようがない。

坂上さんが、しずさんを一般的なテレビタレントのどのカテゴリーにも入れられないことに終始困惑しながら、でもしずさん言っていることが真っ当だからだんだん共感の立場をとってしずさんの話を聞くようになる(インタビュアーの失礼さに対する腹立たしさについて自分のエピソードを語るなど)

っていうのがすごく面白かった。

あっ、完全な拒絶からはじまった人がこういう風に受け入れられていくんだ…。

みたいなのがこのたった20分弱で見られて、これこそが本当のテレビの醍醐味なんじゃないかと思った。

 

そして、ジュニアさんのどんなゲストでも完全に番組を成立させるスキルの高さを改めて知り、しずさんに対峙しても全くキャラや発言がぶれない古館さんは、この人もこの人で一切自分の資質をねじまげてこなかったほんとに天才なんだな…。とおもった。(そういえば古館さんがしゃべくりにゲストで出た時の、しゃべくりレギュラー7人を翻弄する様子はこの時のしずさんに近しいものがあった気がする。)

 

 

 

しずさんが番組の絵を描いて、その感想をしずさんのいないところで言っている回も好き

www.youtube.com

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ジュニアさんがこの絵を見て「古館愛がすごいんす。(『なんで?』の声)いやなんか古館さんだけ紅茶とおケーキなんかある。我々なんにもないですもん。坂上さんなんて汗だくですやん。」

で坂上さんや古館さんがそれぞれ「なんでなんで?」と言ってて、でも答えはその場の誰も知らないから「なんで?」はなんで?のまま終わる。

 

結構これはそのまま、しずさんの望む自分の絵への鑑賞の在り方なんじゃないかという気がした。

 

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あのちゃんはもっとさらにロジック抜きで嗅覚とカンで全部やっているけど、全部それが正解みたいな感じする…。ここぞという時に絶妙なタイミングでど真ん中をスパッと言いぬくの、しずさんと同様テレビ的なセンス感じる。

司会の南海山ちゃんもめちゃ対応力高いけど、それでもその能力限界ギリギリを攻めていくかんじ。

やばいけどギリギリのところでしらけさせないし引かせないし、絶妙にちゃんとエンタメのバランスを保っている。

 

 

割とアイドルや俳優でも、バラエティに出る時に、芸人の文脈やお決まりに寄せていって「◎◎さんは芸人じゃないのにww(芸人のような仕事ができるんですね)」と言われるような人がより仕事出来る人とされるような雰囲気も今のバラエティからは感じるけど、ちゃんとゲストが自分の文脈で出て、司会の人の最大限の力量を引き出し、いつもと違うリアクションを取らせるゲストこそが本当は一番いいゲストなんじゃないかって思う。

 

あのちゃんもしずさんも、あえて必ず何かのカテゴリーに入れなければいけないのだとすれば「不思議」に入れなきゃいけないんだろうけど、でも「不思議ちゃんは大抵馬鹿か高飛車」みたいな雑なくくりを軽々飛び越えているところがとても痛快で希望だった。