ノイジーであれ

ノイジーであれ

ファッション広告特集のGINZAに乗ってた一文。2011年のラフォーレの広告のコンセプト

座右の銘にしたい

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言葉は人間の式神

雨をしのぐ手段、2017年にもなってなんでまだこんなにアナログなんだろう。傘にカッパ。ここ数年で目覚ましい進化といえば、レインブーツがおしゃれになったぐらい。

雨の日じゃない日も着れるような、柔らかい素材でビニール並に撥水できるようになったら…とか、あるいはかけると肌や髪が撥水する、人体に優しいスプレーが開発されたら…とか色々想像しちゃうけど。

この世のどこかできっと誰かが研究してると思う。

 

暗闇が白く光る夜、ぬるいサウナのような夜道を歩いて、体温混じりのべたべたまとわりつく雨。帰宅。

 

遺伝子も人を使役するけど、文字や言葉も人を使役している。

だから人は自分が使役したい、あるいは自分が使役されたい言葉を声に出して具現化する。

言葉は人間の式神

90年代の記憶はVHS

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80年代は強烈で極彩色なノスタルジーだから、ノスタルジー全般がそういうものだと思ってたけど、VHSのかすれた紺色。それが2017年の今、私にとって90年代のノスタルジー。

ビデオテープの色味と一緒に薄くなって過去に溶けて行く

 

不動で永遠の輝きも、消えてしまったら「今はもうない」という現実をつきつけながら「あった」に変わる

 

だけど全てが変わってしまった後に生きるひとたちにそれでもなお、何かを残そうとする曲が、「朝日を見に行こうよ」だった

 

いつか大人になって恋をして 心が変わっていても
今見てる風景のように 変わらないものがある

 

 

 

温度が伝播する

blog、youtubetwitterINSTAGRAM

不特定多数に発信することを誰にでも許された

みんなそこに未知や可能性を感じていた

今となってはインターネットとテレビの境界さえ薄らいで

結果、何が変わったのかはよくわからない

という文章をブログに書くことは

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はじまりははじまりに気付かない

はじまりは、後から思い返して「そういえばあれがはじまりだった」ってなるもので、はじまるその瞬間は、それがはじまりだってことに気付かない。

 

散歩をしたら、輸入雑貨と家具で埋め尽くされた英国調のお店に、絵に描いたような偏屈じじい

 

日常、知らない道を歩くところからジブリの不思議がはじまる

あんなのフィクションだよって笑う前に、近所の通ったことない道を歩いてよ

自分はどこへも行けないなんて思いこむ前に

不適切な私たちの

「人は適切に老いる事ができないと、おっさんにもなれず、若者の醜悪なパロディになる」

 という言葉をネットで見かけてからずっと頭の中に残っていて

適切と不適切の単一二色に塗り分けられるのが嫌だからみんな田舎を出たり近代化を目指したりインターネットしたりしていたんでしょ!!!!

という気持ちになった。

 

今週は、ラフォーレのうら楽園に行き、マリーエンケーファーで展示を見、種村有菜原画展を見た。

 

生きてくための切実さがどこに向かうかって、本当にそれぞれだった。どうしても会社員やってると、それが「会社員をやる」であることが当たり前に感じてしまうけど、全然そうじゃない。

 

働くようになって、なんで大人は美味しいものが好きなのかわかってきた。

どうして自分が働いてるのか、その意義がとてもわかりやすく感じられる方法だから。

美味しいもの食べると「そうだよ!!!!このために働いてんだよ!!!!」と超自分の勤労が肯定できる。

 

誰かに不適切だと言われても健やかに生きたい、baby blue

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6月

労働で疲れた身体、帰り着いてエアコン付けて布団にもぐる

やらなきゃいけないこと、やりたいことがいくつか頭の中をめぐるけど

だんだんエアコンの音だけが頭の中に響いて、溶けるように眠りに落ちて行く

 

夏至がくる

2025年の労働人口について

昨日のしゃべくり007、世間一般からどんどん乖離していくあゆをどう受け止めていけばいいのかわからない

 

眠りの海から、波に揺られて、だんだん浜に打ち上げられていくように目を覚ましてはまた浅い眠りに落ちて

 

NHKの週間天気予報は、雨ばっかりで画面が真っ青