ヒミズ・感想。

先日、稽古が休みだった日にそろそろ公開終了とのことだったので、見てきました。ヒミズ
公開から結構日が経ってたので、映画館も人が少なく、快適に見れました。
映画館は好きです。落ち着きます。

ヒミズ、面白かったです。
3月11日の震災で、脚本を大幅に書き直したそうで、震災の色が強く出ていました。

津波でやられた街の中で撮影しているシーンが何度か出て来たけれど、あれはたぶんセットでもCGでもないですよね。
震災がなかったらヒミズは一体どんな映画になっていたんだろうかと考えてみたけれど、それを考えた時「震災がなかったら今の日本はどうなっていたんだろう」というあまりにも世間にありふれた問いと重なりました


世界に一つだけの花の歌詞で少し揶揄するシーンだったり、
「普通最高!」と主人公が叫ぶシーン、主人公が「普通の人生を歩みたい。このままうちのボート屋を継いで、特別良いこともないけど特別最低なこともない人生を歩みたい」みたいなことを言っているシーンは、選民意識を持っている人達にああいうセリフがどう響いたのかが気になりました。


親がクズで、借金取りが来て…といった話、一昔前によくあった超ありふれた話だけど、でもありふれてるように感じなかったのは、主人公の眼があまりにも死んでるから、と、出てくる人間がみんなどこかしら異常だから、あとは震災の存在なのかなと思いました。


主人公のお父さんが、笑顔で、慈しむような口ぶりで、まるで「愛してるよ」と言っているかのように「死ね。お前なんかいなければ良かったのに」と言っているところが狂っていた。
でもそれでもあの父親の気持ちが「完全に理解できないものではない」と思う自分も同時にいた。


二階堂さんが生きてる!って感じで、染谷さんが死んでる!という感じ。
園監督がインタビューで「いい組み合わせだったから二人を取った」と言っていたけど、納得した。

物語全体の色形は染谷さんが形作っているけど、でも二階堂さんの存在で作品全体に光差す。
彼女がいなかったらどんより暗すぎて辛すぎてとても見れたもんじゃなかったような気がした。

あとホームレスの人達の底ぬけの明るさも。
家も一応の収入源もある主人公がどんよりしていて、家もお金もないホームレス達の方が明るいっていうのは妙にリアルに感じた。


二階堂さんはロックンロールは鳴りやまないっより、もっとすごい女優さんになっていた。
茶沢さんも大概おかしな役だけど、二階堂さんが演じると自然に見えるのが本当にすごいと思いました。
不思議ちゃんを演じる人は五万といるけど、大体みんな「変人を演じている人」になってて見てて萎えるけど、彼女は本当に「変な人」だった。

それから、これはロックンロール〜の感想でも書いた気がするけど、どんな表情をしていても、どの瞬間を切り取っても美しい人。それは単に容姿が綺麗だからってだけじゃないと思う。


二人が喧嘩をするシーン、二人が若くて綺麗だから軽減されてる部分もあるけど、でもやっぱり男女間の暴力って生々しい。セックスシーンと似た生々しさを感じます。
というか、そういうシーンがない代替の行為にも思えたし、充分代替に成り得ていた。


本当主演の2人の演技に最初から最後まで惹きつけられました。
これだってしょーもない人たちが演じたら本当にどこまでもしょーもない作品になってたでしょ…。
あとそれを支える周りの大人たちも素晴らしかったし…。
「実際にこういう人、居そう。」って思わせるのが。
特にSMプレイ(?)で下着姿でゴミ出しに行く女の人とか、電車の中でおばあちゃん刺す男性とか、路上ミュージシャン刺そうとする男性とか。



すごく役者の能力を要求する脚本だと思ったし、逆に役者の能力をここまで引き出せる本を書き演出が出来るのはすごいと思いました。


主人公がヤクザの父親を殺すシーンがリアルだなーと思った。
殺した後に「なんで死ぬんだよ!」って言うのはすごく理解できる。ものすごい人間くさい。

それ以前から、主人公と父親の関係性の表現が絶妙。

主人公は、父親を心底憎んでいて、大嫌いだけど、でも中学生なんて言ってもまだ子どもだから「父親は親である」という気持ちがうち消せないことや一縷の期待、情があって、でもそう思っている自分さえも嫌なこと。

父親も、息子である主人公が死ねば良いと思ってるのは嘘じゃない。たぶん。
でも、息子を息子だと思っているのもまた確かな気がして。


クズの父親と息子だけど、そこにはいびつに歪んでいて憎しみに溢れているけれど、でも確かな親子関係が結ばれていて、それが表現出来ていた。表情や言葉の発し方の端々にまで。


茶沢さんとお母さんの関係もそんな感じ。


この二人の家庭環境に対して、「警察に言えば一発で終わる話じゃん。」という感想をどこかで見たけど、実際自分がああいう立場に立ったら警察になんか行けないよきっと。それは色んな意味で。


震災以前、震災以後、という言葉に私はいまいちピンと来ない。
けど、この主人公の「父親を殺す以前、殺した以後」には感情移入できる気がした。
殺した以後は、話の毛色ががらっと変わっていて、当たり前のことが当たり前じゃない世界になっていた。以後の世界はちょっと不条理感があった。でも本当はそれは「以前の世界」からもそうだったはずなんだよね。
SMプレイで下着姿でゴミ出ししている女の人がいる。
顔を知っている人が無差別殺人を犯してテレビに出ている。
バスで「そこは優先席なんだから席を譲れ」という妊婦の母親に「任意だろ。」とナイフを突き立てる男性。とか。

そして茶沢さんと結婚した後の夢を語り合う。結局死ねずに自首をする。
「住田がんばれ!」と担任の言葉を借りて主人公に声をかけ続ける茶沢さん。その声を背に前へ進む主人公。


震災以前から以後までの日本が全て主人公の住田祐一という個人に落としこまれている気がしました。


生きている限り、人を殺しても身寄りがなくなっても明日は来る。

ラストのあの光景を見て、どう思いましたか?
私は緩やかに絶望的な光景だなと思いました。希望が残された所も含めて。
パンドラの箱に最後に残されたものをどう解釈するか?というのと似た問いかもしれません。


私は、あのまま主人公に死んでくれた方がまだどれだけ救われただろう、と思います。
でもそれは、「あのラストは良くない!主人公が死んだ方が良い作品だった!」とか、そういうことじゃなくて、
「ああ、現実ってそうですよね。」と、現実に対して思うことと同じ感想をあのラストに持ちました。
徹頭徹尾現実を描くことに終始してる作品だと思いました。
非日常が描かれているようでたぶん全然非日常じゃない。たぶんあれは今日も誰かの日常。
非日常な部分があるとすれば、主役の二人がどこまでも美しいということ。だからこの作品を娯楽として処理できたのだと思う。



生きて行くしかないんだよなと思わせる作品でした。それ以上でもそれ以下でもなく。