こころ 夏目漱石

日本人は本当に今も昔も自殺への憧れに捕らわれ続けているのだなあと思った。そういう血を脈々と受け継いでいるように思える。
潔癖に生きて行こうとすれば道は自殺しかなくなるように思える。けど、ほんとは自殺ほど生きている人間に対して残酷な仕打ちはないはずなのに。奥さんと婚約するということでKを傷つけたことより、先生の自殺はそれよりもずっとずっと奥さんを傷つけたはずなのに。
Kも先生も他人の気持ちなんか1mmも考えちゃいない。身勝手だ。
自分のことで一杯一杯だったんだろうけど、でも自分のことで一杯一杯で他にどうしようもなくなってしまうことを身勝手って言うんだよ。

生きている人間ていうのは、生きようとする限り総じて下衆いし汚いし図太く無神経で、完璧に綺麗に優しく生きていくなんて絶対無理だよ。
でも生きて行かないといけないと思うしそう信じてる。生きていることより自殺の方が美しいなんて思わない。自殺は美化されるべきものじゃない。

先生は色んな理由を上げて死んでいったけど、でも私が自ら死を選んで死んでいく人たちの言う死ぬ理由に対して思うのは、死にたいという感情に色々な理由を後から付けただけなんじゃないかということ。「死にたい」ということことが理屈抜きの感情じゃなく、論理の結論として「死にたい」と思うことが果たして本当にあり得るんだろうか。「死ぬべきである」と「死にたい」の間には大きな隔たりがあるように思う。
初読の時は先生は聡明で儚い人のように思えた。でも、今読んだらずいぶん印象が違った。
「妻が己れの過去に対してもつ記憶を、なるべく純白に保存しておいてやりたいのが私の唯一の希望なのですから」
この言葉の傲慢さ。こんな偏屈なおっさんとずっと連れ添っているんだから、彼女は先生が思っている以上に色んな事ちゃんと承知してると思うんだけどな。見くびりすぎだよ。愛情は感じるけど。

誰にも何にも言わず、自分の頭の中で全て完結させちゃったんだろうな。寂しい。
愛してくれている人がいるのに勝手に死ぬなんて残酷な仕打ちだよ。被害者じゃなくて加害者。自身の身体にしてだけじゃなく、近しい周りの人間に対しても。

でも傲慢でも身勝手でも嫌な奴でも、やっぱり死にたいと思っていたのは悲しいことだなと思う。


解説と鑑賞の二人の私見の差が大きい。解説の方を書かれているのは男性なんだけど、とてもこころを美しく扱っているのに対し、鑑賞文を書いた女性の方は途端に無粋に感じる。この落差が面白かった。女性と男性の差を感じた。

そんな私は、この後のこころの展開が「こんな仰々しい手紙書いといて先生普通にのうのうと生きてる!」というギャグ展開を期待してしまうのでした。

こころ (集英社文庫)

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