自殺日和

二十四歳。大学中退。ニート
夕飯を食べ終わり、ネットでバイトを探す。最寄駅から半径五駅分圏内で検索をかけると、数百件がヒットした。その一つ一つに眼を通して行く。肉体労働…大変そう。接客…大変そう。レストランの調理場…大変そう。そうやって一つ一つ消去法で消して行ったところ、最後には何も残らなかった。

死にたい。

二酸化炭素を排出せず誰にも迷惑をかけていないだけ、俺より死人の方がよほど社会に貢献しているように思う。
バイト情報サイトを閉じて、お気に入りに入っているサイトに上から順番にアクセスしていった。自撮り写メをサムネにしている奴は通り魔に刺されろ。ツイッターで馴れ合ってる奴は全員高速バスに轢かれて死ね。ニコ生で出会い厨してる奴らは全員放射能で死ね。歩き煙草してる奴は寝たばこで火事になって死ね。大学在学中に二万借りたまま音信不通の宮原死ね。中学時代俺を糞みそにいじめたのにサッカーのスポーツ推薦で慶応に行って親の縁故で就職した山里死ね。今夜ラブホに居るカップル全員死ね。
一通り見たい所を見終わった後ツイッターのページを開き、思い浮かぶ限りの呪詛を吐く。誰かがそれをリツイートする。ふぁぼられる。それだけが唯一の人とのつながりだった。キチガイじみたツイートばかりする俺には誰もリプライはくれないけれど、それだけふぁぼられたりリツイートされたりするってことは、みんな多かれ少なかれ似たようなことを思っているということなのだろう。善人ぶってるけど結構みんな色々死んで欲しいんだと思った。
 それで少し救われたような気になった瞬間、薄い部屋の壁を隔てた隣から、罵声と母の悲鳴、食器が割れる音が聴こえて現実に引き戻された。俺はヘッドホンを付け、ipodを再生した。瞬間流れて来たのは、大塚愛さくらんぼだった。空気読め死ね。
死にたいなー死にたいなー死にたいなー。
誰もいない部屋の中。ベッドであおむけになりながら何度も何度もつぶやいた。次に、パソコンを開いて、ひたすら死にたいなーとワードに打ち込んだ。これは無邪気な願望なのだ。金持ちになりたい、とか有名になりたい、とかそういう類の言葉と同じだ。本気でそう思ってる奴は口にする前に行動に移している。
 大学を中退し、職にも付けなかったのに奨学金の返済はしっかり残っている。返すあてはない。そもそもローンのくせに何が「奨学金」だ。ふざけんな死ね。大体なんで親はこんな子どもに借金させるんだ。もっと明るい教育計画立てとけ。無計画に産むなら最初から産むな。産むのは殺すのと同レベルに暴力だろ。人を殺したら死刑なんだったら勝手に断りなく産むのも死刑にしろ。
イケメンか金持ちかコミュ強の世の中なのに何故子どもの頃、不細工コミュ障貧乏は一生お先真っ暗でーす死ぬのが一番でーすって教えてくれなかったんだ。努力すればうんぬんとかしたり顔でほざきやがって。ふざけんな。
大学に入った頃はこんなんじゃなかった。性格が明るかったとは言わないけど、でもこんなに暗くもなかった。だけど日々活力は奪われ、楽しいことが楽しくなくなり、心は死に向かって走り続けた。ベッドで横になり、過去の死にたくなったさまざまな要因に思いを馳せた。いよいよ本気で死にたくなってくると、死にたいと思う自分の存在からも逃避するようにいつの間にか眠ってしまった。

ぱち、と眼が覚めた。カーテンの隙間から日が差している。鳥の鳴き声が聴こえる。
そう、そうだ。どうして毎日毎日死にたいと思っているのに、俺は今生きているんだろう。急にむしろそのことが不思議になってきた。さあ、今日こそは死のう、死のう。
そう思った途端気分が晴れ晴れとした。閉じっぱなしの部屋のカーテンを開けた。日の光に埃がきらきらと反射する。いつもは死ぬほど憎んでいる雲ひとつない青空が今日は俺を祝福していた。さあ、どうやって死のうか。かなづち、ロープ、包丁、自殺に使えそうな道具を一揃いリュックに詰め、ピクニック気分で久しぶりに家の外へ出た。
電車に乗った。ガラガラだった。だけどターミナル駅に着いた所で一気に人が乗り込んできて、あっという間に車内はぎゅうぎゅうになってしまった。いつもは他人の不幸ばかり祈っている俺だが、死ぬ間際に善行を一つ二つしても良いのではないかと思ったので、おばあさんに席を譲ろうと席を立ちあがった。
「ああ、すぐ降りますから…。」
そう言うおばあさんに、俺はにこやかに笑いかけ、
「あ、大丈夫ですよ。僕今から自殺するんで。」
と言って隣の車両に移った。
隣の車両に行くと、席が一つだけぽっかりと空いていたので座った。すると隣の子どもがげしげしと俺を蹴ってくる。親は携帯をいじっていて、一向に子どもの様子に気が付いていない。しまいには飽きて靴を履いたまま座席に立ち、窓から外を見ている
なるほど。だから誰もこの席に座らなかったのか。いつもの俺なら、ここで携帯を取り出し、ツイッター
「隣のガキが蹴って来る。あ、土足で電車の座席に立つなよwwww親子共々死ね死ね死ね死ね。」
とつぶやくところだが、今日の俺は余裕がある。にこやかに子どもを眺めていた。子どもは、外を眺めるのに飽きたのか、怒らない俺に調子に乗って再び俺を蹴ってくる。親子が降りる駅に着いたのか、親はようやく携帯を閉じ、そして、げしげし俺を蹴る子どもと、それをにこやかに眺めている俺をけげんそうに見た後、
「行くよ。」
と、子どもの手を取り席を立とうとした。ガキが少し名残惜しそうに俺を見たので、俺は笑顔で答えてやった。
「あなた、放射能でガンになって苦しんで早死にするんですよね。可哀想なことです。」
と声を掛けた。その瞬間子どもは火が付いたように泣きだした。親は血相を変えて睨んできたが、俺の顔を見て下手に関わらない方が良いと判断したのか、泣きじゃくる子どもを素早く抱きあげ、その場を足早に後にした。俺もこのまま車内に居ると通報されそうな雰囲気だったので、仕方なくその駅で降りた。

 電車を降りると、警察がわらわら居た。先日この駅で、通り魔が出たらしい。
「何か見ませんでしたか?」
と聞かれたけれど、俺はシカトした。刑事から舌打ちをされた。いつだったかどこかの知事が「死にたい奴はひとりで死ね。」と言っていたのを思い出した。今こそ彼の命令に従おう。
どこに行くか迷ったが、ふと、高校の修学旅行で東京タワーに行ったことを思い出した。
 スカイツリーに電波塔としての役割も、日本一の称号も奪われて、東京タワーは今一体どんな気持ちだろうか。きっと死にたくてたまらないだろう。「こころ」の先生が明治の精神に殉死したなら、俺は可哀想な東京タワーと共に死んでやろう。リュックから紙とシャーペンを取り出し、ホームのベンチで
「東京タワーと共に死にます。知事に従います。」
と書いた。俺が死んだ後、これを読む警察や、親類や、ニュースや新聞で眼にする人々は一体どう思うだろうか。馬鹿にするだろうか。呆れるだろうか。考えるだけで笑い出してしまいそうだった。
東京タワーの上登ってリア充で溢れる中窓ガラス叩き割ってそっから飛び降りて死んでやろうかとタワーの眼の前まで行った。が、いざ眼の前に行くとチケットを買い中に入る勇気すらわかなかった。そもそも入館料が地味に高く、財布を開けてみると、帰りの電車賃ぎりぎりぐらいしか入っていなかった。チケットを買ってしまえば、電車で家に帰れなくなる。でも死ぬなら帰りのことなんか気にしなくていいだろ…と自分に真っ当な言葉をかけているのに、足は自然とUターンして駅の方へ戻っていた。意気消沈してしまった俺は電車に轢かれて死のうと思い、新幹線のホームへ向かった。駅を通過する新幹線に飛び込もうとしたものの、足がすくんで一歩も動けなかった。さっきからやたら駅員と眼が合う。見張られているのかもしれない。そう考えると長居することもはばかられ、俺はあっさりとその場を後にした。仕方がないので自宅に戻り、首を吊って死ぬことにした。
 自宅に戻るとすぐさまプレステからコードを外し、ネットで調べた通りドアノブにコードをかけ、首を輪の中に通した。だけど急にいつもは聴こえない自分の鼓動が聴こえて来て、死ぬ瞬間めちゃくちゃ痛かったり怖かったりしたらどうしようという恐怖心に凌駕され、思わずコードから首を外した。
俺には、自殺する才能、能力、気合い、熱意、が、ない。なかった。俺はそういうものを持っていないから死にたかったはずなのに、どうして自分で死ぬのにはそういったものが必要なんだろうか。苦しいことや辛いことや痛いこととか、将来への不安とか、そういうのがもう全部嫌で疲れて死にたいのに、どうして死ぬためにはそれらの全てを看過しなければならないのだろう。自殺するための今日一日はあっという間に自殺ごっこに成り代わり、捨て去ったはずの冗長で重苦しい現実に急速に取り込まれていった。そもそも、最初から本当に死ぬ気があったのかさえもうよくわからない。ごっこ遊び。ごっこ遊び。
気が削がれた途端、お腹が鳴った。どれだけ死にたくても、生きたい人間と同じように腹が減り、糞をし、小便をし、オナニーをし、眠る。奴らと俺との間には絶対の境界があるはずなのに、どうして同じなんだろう。
溜息をついて一階に降りて冷蔵庫を開けた。すぐに食べられそうなものは何もなかった。棚の中はレトルト食品もカップ麺も切らしていたが、カレーのルーだけがあった。冷凍庫を開けると、何が入っているのかよくわからないビニール袋で溢れた片隅にいつの物かわからない、半額のシールが貼られた冷凍の牛肉のパックがあった。にんじんもじゃがいもも玉ねぎもあったから、カレーを作ることにした。炊飯ジャーを開けると米もなかったので、まずは米を炊いた。
まな板を用意したところで包丁がない!と一瞬思ったが、そうだ。リュックに詰めたのだった。玄関に戻り、リュックからタオルに巻かれた包丁を取り出した。一緒に「東京タワーと共に死にます。知事に従います。」と汚い文字で書かれた紙切れが出て来た。なんだこいつは。厨二病か?死ね。と思いながら、キッチンはさみでその紙を切り刻んで捨てた。ふとゴミ箱を覗くと、ゴミ箱は切り刻まれた紙くずで一杯だった。
包丁を水で軽くすすぎ、タオルで水を拭き取った後おそるおそる包丁を握った。にんじんをいちょう切りしたけれど、形も厚みもてんでばらばらになってしまった。そもそも普通カレーに入ってるにんじんがいちょう切りだったかもよく分からない。
もくもくと玉ねぎを刻んでいたら、一番上の皮が滑り落ちた拍子に刃も大きく滑り、勢いよく指をざっくり切ってしまった。赤黒い血が傷口から滲み出た。少し遅れてずきずきと傷口が痛んだ。それを見ていたら、じわじわと眼頭が熱くなって、視界が滲んだ。
母親は何時に帰って来るのだろうか。米はあと三十分で炊ける。
食べ終わったら、仕事を探そう。