防音ガラスの中で

「お前さー、あの気色悪いブログ消せよな。」
「ごめんね…。気持ちはうれしいんだけど、ごめんね。」
ゆっこちゃんはそう言ってくれたけど、僕は過去ないぐらいに号泣にしながら家に帰り、自室に閉じこもり、真っ赤な眼でパソコンを睨みつけた。

ブログ「君と僕に訪れる約束の日まで」
四月五日 ゆっこちゃん、君と出会ってもう二年になるよ。早いね。今日はクラス替えだったけど、僕らは当然同じクラスだったね。まあやっぱりちょっと心配はしたけどね。でも去年も一年間毎日神社にお参りしていたから、同じクラスになるのは当然なんだよ。今年こそ、今年は絶対に君は僕のことを好きになる。なぜなら、僕は誰よりも、誰よりも、この世界(地球の外・三次元以外の全ての次元を含む)で一番君のことを愛しているからだ。強い情念は必ず通ずると僕は知っている。今でも十分君のことを愛しているが、もっともっと強く、切実に、強烈に、真剣に君のことを愛せば、必ずこの想いは君に通ずるだろう。どうか待っていて欲しい。
五月二十七日 ゆっこちゃん今日は僕の分のノート配ってくれてありがとう。ろくにお礼もできなくてごめんね…。好きすぎて上手く喋れないんだよ。本当にありがとう。感謝してるよ。本当にありがとう。すごくうれしかった。ゆっこちゃん本当にありがとう。
六月十七日 おはようゆっこちゃん。今日は日曜なんだけど、めずらしく早く眼が覚めたから、ワイドショーを見ていたんだ。そしたらアイドルグループのスキャンダルが出ていてさ。あとからコンビニに行ってそのネタの元記事を見てみたら、なかなか生々しくて、直視できなかった…。僕は自然とゆっこちゃんのことを考えてしまった。学校には俺より格好いい男など五万といる。でも、俺以上にゆっこちゃんを愛している人間がこの学校にいるだろうか?いや、いるはずがない。だからゆっこちゃんと結ばれるにふさわしい人間は俺以外にいるはずがない。
七月十三日 こんばんはゆっこちゃん。今日も大好きだよ。ゆっこちゃん大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き
七月十九日 ゆっこちゃん、吹奏学部の市大会優勝本当におめでとう。壇上で涙を堪えながら部長として賞状を受け取る姿を見て、僕も泣いてしまいそうだったよ…。演奏もとても素敵だったよ。僕はゆっこちゃんのことしか見ていなかったけど…。演奏にどれだけたくさんの物を掛けてきたのかが、その姿から伝わって来た。ゆっこちゃん本当におめでとう。愛しい愛しいゆっこちゃん。愛してるよ。ゆっこちゃんはもう眠っちゃってるかな?ゆっくり休んでね。いい夢見てね。明日もゆっこちゃんにとって幸せな一日になりますように。おやすみなさい。
十一月二十六日 今日見てたら、結構せきこんでたね。ゆっこちゃん。大丈夫?無理しなくていいんだからね。ノートなら僕が貸すから。君は知らないだろうけど、僕はいつでもゆっこちゃんにノートを貸せるように、いつでもノートだけは完璧に取っているんだ。ちゃんと読みやすい字で書けているかどうかなど休み時間にチェックもしてる。だから、ノートが必要な時はいつでも僕に言ってくれていいからね。お大事にゆっこちゃん。しんどそうなゆっこちゃんを見てるのは僕も辛いよ。神様、僕にゆっこちゃんの風邪を移してください。ゆっこちゃんのしんどいこと、辛いことは全部僕に、僕の楽しいこと、幸せなことは全部彼女に移してください。彼女が楽しそうにしているところを見ているのが僕の幸せなんです。明日は夜家族で食事に行くからブログ書けないけど、明後日その分書くからね。じゃあね。
十一月二十七日 ゆっこちゃん、昨日はブログ書けなくてごめんね。あと、いつも真面目にノート取ってるんだけど、今日は昨日の夜更かしがたたって授業中居眠りしてノート取りそびれちゃった…本当ごめん。でもその夜更かしっていうのは、ゆっこちゃんの考えすぎたら眠れなくなっちゃったわけだから、ゆっこちゃんにも責任が…なあんて責任転嫁だよね。よくないよね。ほんとごめんゆっこちゃん。明日からまた頑張るよ。頑張ろうね。明日も愛するゆっこちゃんにとって素晴らしい素敵な一日になりますように。


 毎日、可愛くて美しいゆっこちゃんを同じクラスで眺めることができるだけで十分幸せだった。それを日記に書いて。だけど、だんだん、それだけでは足りなくなって来ていた。
 僕は彼女に手紙を書いた。この真摯な気持ちを言葉にすれば、必ず彼女に届くと思ったのだ。
「藤崎由紀子様
入学してから三年経ちますね。僕は、あなたとあった最初の日に一目ぼれしてしまいました。それから、ずっと好きです。たぶん、いや絶対、世界中で誰よりも、僕はあなたのことが好きです。笑ったところ、何気ない表情、いやすべての表情の全てが素敵すぎます。愛しすぎます。大好きです。本当に本当に大好きです。愛しています。君のことを毎日日記にも書いていました。良かったら読んでみてください。http…」
いざ本人に渡すとなると、こんなつまらないことしか書けなかった。そして書いて、いざ学校へ持って行ったは良いものの、とても本人に渡すことなんかできなくて、僕はその手紙をそっと机の引き出しにしまった。

 風邪で学校を休んだ翌日、学校へ行くと僕を待っていたのは、僕を見てにやにやするクラスメイトの顔だった。いつもはみんな僕のことを空気のように扱っているのに…。と不思議に思っていると、朝礼が終わった後、男子の番長的な存在の佐々木が僕に近寄ってきた。
「きっしょいラブレター!」
そう言って、彼は見覚えのある封筒を僕にひらひらと見せた。その瞬間僕は青ざめて、慌てて自分の引き出しを開けて見てみた。…ない。
「…返せ!」
手紙を奪おうとする僕をさらりと避けながら言った。
「『世界中で誰よりも、僕はあなたのことが好きです。』はっずかしー!やーばいなこれ。ていうかブログも読んだけどさー、お前気持ち悪いなー。お前が藤崎のこと『ゆっこちゃん』なんて呼んでるとこ見たことないんだけど。聞けよこいつ、妄想で藤崎に語りかけるような口調で毎日観察日記書いてんだぜ。マジキチだよなー。きっも。」
そして佐々木は僕の手紙を朗々と音読し、読み終わると、手紙を僕に返しながら
「お前が悪いんだからな。こんなもん引き出しに入れっぱなしにしてるから。」
と言った。羞恥で顔が熱くなっていて、わなわなとふるえた。ちらっと藤崎さんの方を見ると、彼女は自分の席に座り、うつむいて座っていた。僕は手紙をぐしゃぐしゃに丸めてポケットに突っ込んだ。

 放課後、家に帰ろうととぼとぼ歩いていると、後ろから声をかけられた。藤崎さんと、隣のクラスの、サッカー部のキャプテン、五十嵐だった。
「お前さー、ブログ読んだんだけど、あの気持ち悪いブログ帰ったら消せよな。」
「ねえ、ちょっとやめてよ。」
「…なんで、君にそんなこと指図されなきゃいけないんですか。」
むきになってそう返した言葉を瞬間で後悔した。少しためらって彼はこう答えたからだ。
「…俺は由紀子の彼氏だからだよ。」
「…初耳なんですけど。」
「冷やかされるのが嫌だから、ずっと黙ってたんだ。」
「そうなんですね。じゃあ、さよなら。」
そう言うと、僕は彼女達に背を向けて歩きだした。
「お前、帰ったらぜってえ消せよな。それから、由紀子に絶対近づくなよ!」
「消します!消せばいいんでしょう!近づきませんよ!これまでも!これからも!」
振り返ってそれだけ言うと、僕は足早にそこを立ち去った。後ろから、
「ごめんね…。気持ちはうれしいんだけど、ごめんね。」
という藤崎さんの声が聴こえたけど振り返れなかった。泣いたら負け、泣いたら、負け。それだけを呪文のように繰り返し、コンクリートの地面を見つめながら、僕は自宅へ帰り、豪速で自室に入った、バタン、と扉を閉じ、鞄を床に置いた瞬間に、どっと涙が出て来た。悔しくて恥ずかしくて悲しくて仕方なかった。僕は手紙をポケットから取り出し、ゴミ箱へ思いっきり投げ捨てた。
そしてパソコンを開いてネットに接続し、ブログを読み返した。あれだけ情熱を傾けて、真剣に書いたはずなのに、今、こうやって読みなおす文章は自分でも気持ち悪くて気持ち悪くて仕方なかった。「ゆっこちゃん」なんて本当は一度も呼んだことがない。「藤崎さん」と呼んだのも三年間で五回くらいだ。個人的な話なんか一度もしたことがない。ブログのコメント欄を見てみた。この三年間、一度もブログにコメントなんて付いたことがないのに、この日はたった一日で十件もコメントが付いていた。
「きもw」そうだね。僕も気持ち悪いよ。
「身の程知らずだなー…。」わかってる。
「死ね。」うん。死にたいよ。
一通りコメントに眼を通すと、僕はブログの消去ボタンを押した。たったワンクリックで、僕と彼女の、いや、僕の三年間の記録は、一瞬で消えた。
でも、僕はどうしても、こんな終わりは嫌だった。例え彼女に彼氏がいたとしても、もう失恋はわかりきっていても、どうしても僕は彼女に直接気持ちを伝えたかった。彼女が、朝一番に学校に登校して、教室で勉強をしていることを知っていた僕は、一睡も出来ないまま夜を明かし、学校へ出かけた。
教室に入ろうと、ドアに手を掛けた時、声が聴こえて僕はぴたりと手を止めた。
「ゆっこ大変だったねー。大丈夫?」
「うん。まあ、私はまだ…。それよりも田代くんの方が大丈夫かなーって。」
「優しいなあ。ゆっこは、あの手紙とかブログとかは読んだの?」
「うん。手紙は男子が音読してるのが耳に入ったし、ブログも少し…。」
「ぶっちゃけ、どう思った?」
含み笑いしながら彼女の友達はそう言った。
「田代君三年間同じクラスだったけど、ほとんど喋ったこともなかったからびっくりしたよ。でも、彼が好きなのは私じゃないなーと思った。」
茶化そうとする彼女の友人のテンションに引きずられるなく、真剣なトーンで彼女はそう言った。
「なんで?だってあれ明らかにゆっこのことじゃん。」
明らかにつまらなさそうになる彼女の友人。
「うーん、そうなんだけど、でも、なんだろう…。彼が好きなのは、私と同じ言動をしてる、私の姿形をした違う誰かを好きなんだって感じがした。自分のことを好かれてる。とは思わなかったなあ。」
「ふーん…。でもまあゆっこはサッカー部の五十嵐君とラブラブだしね!」
「ちょっと、あんまり言わないでよー。大体ラブラブって死語でしょいまどきー。」
うなだれて、帰路についた。朝なのに、学校と真逆の方向へ歩く僕を、すれ違う人たちは少し不思議そうに見ていたけれど、もう、とてもこんな気持ちで教室に居られないと思ったのだ。
 こんなに真剣なのに、こんなに切実なのに、どうして伝わらないんだろう。でも、もしかしたら、僕はこんなに彼女のことが好きなのに、彼女が発信していたことも上手く受け取ることができていなかったのかもしれない。気持ちはこんなに、一杯に溢れているのに、何が、一体。
 なくなったブログの代わりに、匿名の掲示板にそう書きこんだら、一人がこんなレスを返した。
「馬鹿だなお前。好きなものを手に入れるのに必要なのは気持ちじゃないよ。ボールを念で宙に浮かせるよりも、手でボールを持ちあげる方が簡単に決まってるだろ。テレパシー習得するより言葉で伝えた方が話は早いだろ。無意識であれそれが上手く出来る奴が勝ち組。そんでそうじゃない俺やお前が負け組。そういうことだよ。」
何の反論もできなかった。
 僕は、さらに学校で押し黙り、顔も上げず、黙々と読書と受験勉強に熱中した。冷やかしも無視しているうちに徐々に収まっていった。みんな受験シーズンに入ってそれどころじゃなくなってきたからというのもあるだろう。
 僕は受験勉強の間に、一篇の小説を書いた。僕と彼女が結ばれる物語だった。僕の彼女への気持ちが、彼女に伝わらないのなら、せめて、顔も見たことのない誰かに分かって欲しかったのだ。それを当時流行りの携帯小説サイトにアップロードした。アクセス数は二桁も行かなかった。

 半年後、僕は受験を無事に終え、春休みを満喫していた。ふと、書いた小説のことを思い返して、小説サイトにアクセスした。感想ページを見ると
「気持ち悪い。」
「つまんない。」
という二つのコメントだけが残されていた。僕は小説を読み返した。確かにつまらないし、気持ち悪かった。だけど僕はこの小説は消さなかった。代わりにギターを買った。言葉が駄目なら音楽だ、と思ったのだ。コードを覚え、曲を造り、詞を乗せた。これならきっと伝わるはずだと、意気揚々と僕は新宿駅の前で歌った。誰も立ち止まることはなかった。
だけど今日も変わらず僕は言葉と、音楽と、物語を紡ぎ続けている。ファンなんか一人もいない。失笑する人はいても、好きと言ってくれる人も分かってくれる人も誰もいない。
防音ガラスの中で叫び続ける僕の姿は外から見ればさぞかし滑稽だろう。いくら叫んでも誰にも伝わらない。顔を真っ赤にし口をぱくぱくさせている僕を誰かが指差して笑っている。あるいは気にも留めずに通り過ぎて行く。だけど指を指して笑っている君も、無関心な君も、僕と全く同じだということに気づいていない。
気が付かなければ、さぞかし幸せだろうね。
虚空に向かって一人、今日も叫び続けている。