きんきょう

気がついたら前回の記事から一カ月以上が経っていた…。


今は来月の舞台に向けて絶賛稽古中です。わたしは文芸として参加しています。
やっぱわたし、書くことがすごい好きなんだな、と改めて感じています。
役者やった時には本当に辛さは辛さでしかなくて、向いてないな、辛いな。という一点に終始してしまったのですが、(…いや、演技の面白さも分かったし演じる側のことを知るのは書く側としても大切なことだとはわかってるんだけど、いかんせんお客さんが居るという責任感でしかモチベーションが保てない時期があってすごく辛かった。)
やっぱり書けるのはすごく楽しい。いや、しんどいんだけど、すごいしんどいんだけど、でもがんばれる。
それは向いてるんだよ。と言われて、今まで自分が書くことに向いてるかどうかなんてあんまり考えてこなかったけど、そうなのかもなあと思った。

もう世の中には、自分に向いてること、好きなこと、楽しいことなんて一つもないんじゃないか、と本気で思っていた頃があって、でも諦めなくて良かった。
そして、書くことが好きということから文学でも映画でもなく今演劇に辿り着いてることもきっと運命だと思ってる。
わたしが今こんな風にここに存在していることを確かに肯定してくれた。


演出するのはそんなに得意じゃないし適性があるかっていうとうーんて感じだし、他人にテキストいじられるのも好きに解釈して演出してもらうのも今のところ素直に面白がれる気がして、今の文芸というポジションは良いなと思う。
演出してくれる人が居るなら、もっと台本も書きたい。
やっぱり戯曲は書いても舞台で具現化しないと完成とは呼べないから、普段はアイデア湧いても小説にシフトしがち。
でもアマチュアの小説なんて、ネットで上げた所で、タダだったとしてもまー誰も読んでくれないからね…。現に私も読まないし。
ネットで無名アマチュアの書く小説なんてエロ小説と二次創作しか需要ないんじゃないかと思う。
ブログはまだとっつきやすいような。
小説書いてそれを人に読んでもらいたいなら、やっぱりプロを目指さないとダメなんだろうなーと。


でもどういう形式であれやっぱ書き続けたいな。できれば。



最近、二年前に
「どうしてそんな考えるの?考えなきゃいいじゃん。そんな風に突き詰めてしまったら辛くてとても生きていけないよ。」
というようなことを言われたことを思い出してる。
その時はそうなんだ、私は間違ってるんだ、と思ってしまったけど、でも今になってみれば自分のその時その人に述べたことは誰も否定しようがない紛れもない事実だし、「そのことを考えないようにする」でしか人が幸せになれないのなら、私は不幸でもいいやと思う。
楽に生きて行くための嘘や気休めではもうどうやっても救われない。
致命的に傷つけるのが「本当のこと」なら、本当に救ってくれるのも「本当のこと」しか有り得ないよ。
思考を止めればあっという間にお気楽に幸せに生きていけるとしても、だよ。そんなの絶対嫌だし、第一もう無理だよ。