執事喫茶連れていってもらった。上澄みだけを綺麗にすくえればとても楽しい現場である。そうつまりここもなかなか業が深そうだというのは、お隣の妙齢の女性が上目遣いで執事を見上げていたのを見ておもった。
アイドル現場にしたってコンセプトカフェにしたってそういう業の深さだったり闇の深さだったりに目を向ければキリがない。底なしだ。
でも、ライブが終わって上の階に戻った時(どこのお店かばればれですね)「おかえり」ってにこって笑ってくれて「ただいま」って笑顔を返した時の空気の優しさとか、私のこと何も知らないからこそ屈託なく言ってくれる「がんばってね!」がどんな自己啓発書よりも力をくれたりとか、そういう瞬間の価値は誰も奪えない。
それぞれにそれぞれのかけがえのない瞬間が確かにある。それは行った人しか知らない。馬鹿にする人は馬鹿にすればいいと思うけど一緒に踊るつもりがない人は永遠に知らない瞬間。

存在していることを許して欲しいとおもっている人たちがその存在を許しあってそっと息をする空間があることぐらい許してよ、とおもう。
音楽だって文学だって演劇だってやりたいことはそうでしょう。