嫌いについてと好きについて。

嫌われるのを怖いと思っている時や、確証はないけど嫌われてるかもしれないと思ってる時がどういうことなのかと思ったけど、他者の中にある自分の目に怯え、自分の中にある他者の目に怯えている状態なのでは、ということをふと思った。


人間のパフォーマンスだから、全ての瞬間芸術は常に最高のものを提供できるわけじゃない。
だからパフォーマンス目当てでなく、出演者その人自身が好きである、というのは観客も作る側も双方リスクヘッジが出来て良いんだろうなとおもう。
その日の出来がどうであれ、好きなその人と同じ時間を共有できたということでチケット代に対して採算が取れる。お互いに。
そう考えると、「その人自身が好きである」を全力で肯定するアイドルはすごい機能的な形態なのかもなーとおもった。
人によっては本当に、好きなその人と同じ時間を共有する場の一つとしてしかライブを捉えていない人もいるのかも。
ライブがその中でも「好きなその人と同じ時間を共有できる場」として優れているのは、対数万人規模でも「好きなその人と同じ時間を共有する場」として成立する所。