記号

相手のことあんまり良く知らない「嫌い」は、ちょっとしたことですぐ反転するよねえ。とおもう。



昨日は、女の子の写真を撮る人の展示を見に行った。
その人の写真を見るたび、女の子が汚されることに人は喜びを感じるのかなあということをおもう。男性的な、というかおっさん的な視線の写真だなあと思うのだけれども、見に来るお客さんは女の人が多いらしい。
そういう意味では、どれだけ肌を露出しても、媚びてるように見える時があっても絶対汚されないアイドルとは真逆の写真だなあと思う。わたしは後者の方が好きである。(とはいえ昨日の展示会で写真何枚か買ったけど…)
あと、女の子が記号的に、コンセプトに落とし込めれば誰でもいいっていう、世界観を撮ってるのであってその子を撮ってるわけじゃない感じの所がわたしはなんかいやなんだけど、でもほんとに美しい子がその写真の中にいると、写真のコンセプトとか世界観に女の子が負けないんだなーってところでもまた、ああ、ってなり。
その人の写真は女の子だし綺麗だからつい見てしまうし興味は持ってしまうけど、手放しに好きとは言えない。
「女の子」を撮ってるのであって、彼女自身を撮ってるかんじがしないところもあれなのかな…。


その展示場所の喫茶店?は、街のイベントの営業電話をかけてる人もいれば、その催しのマスコットの怪しい出で立ちの人が休憩に来たり、子どもがそのマスコットの人と遊びはじめたり、なんかその場所で発せられる言葉がみんな台詞に聞こえるという嘘みたいな所だった。

写真見てたら、その小学生ぐらいの子どもに「これが芸術なの?」と聞かれ、私は性格がわるいので、そういうこと子どもが言うと大人が喜ぶってわかって言ってるんだろうなーと思いながらへらへら笑って「じゃない?」と答えた。