風邪をひいても熱を測らなくなった

赤の他人から顔見知りに、名前を覚え覚えられ、
とか、見知らぬ人に向けられる善意
っていうのは、そこに何も疑いを挟む余地がないから好きだし信じられる。

客観的に話を聞いてると計算しつくされてて良いように手の平で踊らされているように見えるお友達が、それでもそのお相手の女の子に一挙一動に素直に喜んだりやきもきしている様子を見ると、わたしはなんて傷つけられることに過敏になってしまったのかしら。
とおもってしまいますね。

でもどっちにしろ、気のない相手に好かれることをきもがらずに手のひらの上に置かせてくれるだけで感謝すべきことだとおもうし、そもそも傍から見てこう思うよという話を伝えたところで彼の気が変わることはなさそうなので別に何も言いませんでした。

他人を本気で好きになるということとその気持ちに正直に行動した結果というのはそれ自体はマジでかなり気持ち悪いことだと思うので、その姿をきもく感じさせないっていうのは、よっぽどの演技力や表現力がないとできないことよねとおもう。
もしくは第三者がその姿に感情移入できた時だけ。


ひどい風邪にやられて寝込んでて、栄養取って寝たらだいぶよくなったけど咳が悪化してしんどい。
咳の苦しみを取るか、薬飲んで胃が痛くなるのを取るか悩んで前者を選んだ次第です。
大人になると熱があってもなくても測ることに意味がない気がして測らなくなるね。