今この一瞬だけを確かに信じてるけど、そうじゃない時間を割り切れたらきっと楽になることでしょうに。

例えば「ゲイと仲良くなりたい」って、「ゲイとは仲良くなりたくない」と一体何が違うんだろうか。と、自分と同じ趣味を持ってるということを根拠にして人と仲良くなれるわけじゃないわたしはおもってしまうのですが、でも無邪気に前述の言葉を発するひとの方がわたしよりはるかにお友達の数は多いし慕われていることも多いです。


本当はなんにも言いたくない、ひたすら淡々としてるという風に思われた方がむしろ良いし誰にも私の喜怒哀楽考えたことを知られたくないという気持ちはとても強いはずなのに、ブログやツイッターをやってること、言葉を使って作品を作っていること、自分の感情を垂れ流し続けているという矛盾した状態が延々と続いている。
あらゆる場で私が言葉を吐けば吐くほど野暮になるという気持ちも依然として続いている。

自分がどういう嗜好があって、どういうことを考えて日々暮らしてるかって、その瞬間瞬間は確かにわかるのに、ただ「生まれてから今日まで存在を継続している自分」が何を考え何を好んでいるかってよくわからないんだけど、みんなはわかってるのかしら。
例えば、好きな人を眼の前にしたら誰が好きかはっきりとわかるのに、なんでもない時に「どういうタイプの人が好き?」と聞かれたらよくわかんない。みたいな。
今日自分が何食べたいかはわからないけど、いざご飯を口に運ぶと本当にそれが食べたかったのかほんとはこれが食べたかったんじゃないな、がわかる。みたいな。


いかに人が他人や自分の知らない物事に対して無自覚の偏見や差別を押しつけているのかという一端を垣間見て、これはでも他人の気持ちを明確に読むことは誰にもできない以上多かれ少なかれ全ての人間が抱えている性質だと言えるし、わー本当に大変な世の中で日々私達は普通な顔して生きているのだなとか思ってしまって、でもいまだにそのことをどう受け止めたらいいのかわからずにいる。