誰かの圧倒的な自信、不遜さ、防御と攻撃のためにぶつける幸福、に当てられると少しの例外もなく陰ってしまうから、私は私の呼吸のタイミングとスピードを保つために巧妙にこれらを避けて暮らしている。

@JAMを終えて、文字通り屍のように暮らした一週間だった。扁桃腺は腫れるし咳もくしゃみも出るし。


AIZENN Barとゆにカフェはどうしても行きたくて無理くり体調を整えた。が、無理が祟ったのか金曜の夜から日曜の昼まで、時折目を覚まして飲食したり携帯触る以外はほとんどこんこんと眠り続けた。


「ディアステージは、『終わらない学芸会』というコンセプトもそうだし、ヲタクはみんな揃った動作のヲタ芸を打っていて、本当に学芸会みたいだ。」
と、言っていた。
それは別に否定することじゃないと思ったから「そうですねえ。」とへらへらしてしまった。でもその俯瞰の視線じゃわからないことが一杯ある。
揃った動作のヲタ芸はそこに同調圧力があるわけじゃない。そんなのあったらつまんない。自分の気持ちの昂りを自分の身体表現に転化させた時に一番適した形がそれだったというだけで、根源にある昂りのボルテージとステージに立つキャストへの敬意があれば、それがヲタ芸じゃなくたって何でも許容される自由があのフロアにはある。
演者が何をやってもペンラを上下か横にふりふりしかない現場を越え、演者が何をやっても腕組み棒立ちしかない現場を越え辿りついたのがここだった。
別に見方なんか人それぞれだっていうのは100も承知だけど、昂りを自分の身体に落とし込みたいという衝動を持ってるお客さん達が普通にいる現場が私にとっては一番居やすかった。現場で友達がほとんどできないとこは変わらないけど。

っていうことが、文章でならきちんと言えるんだけどなあ。感情に言葉が伴うスピードが遅すぎて人とまともに喋ることさえままならない。