第十九回文学フリマ総括

文フリが終わった!
寄ってくださった方本当にありがとうございました。

この文学フリマに置いてもやっぱり、文字媒体、しかもオリジナルって本当に難しいと思う。だってぶっちゃけ文フリで小説買わないもん私。絵や音楽や漫画は一度見たら聴いたら巧拙が歴然と分かるけど、小説って名作も駄作も見た目は同じじゃん。能動的に時間をかけて読まなきゃわからない。巧拙を判断するのに時間がかかりすぎるのがこのスピード命の現代にアマチュア小説はそぐわない。やっぱり何らか公募の賞を取ってるとか、商業の網の目にかかって出版されてるとか、ネットや知人が「面白い」って太鼓判くれたのしか読みたくない。それでさえつまんない時があるんだから、どこの馬の骨かわからん、てことはよりつまらない可能性が高い作品なんてリスクが高すぎて読みたくないでしょ普通は。

っていうのを言い訳にしたくないから、本の中身をちゃんと作るっていうのは大前提で、宣伝とか、当日のディスプレイとか、小説だけじゃなくて日記エッセイも入れるとか、テーマを作って中身を想像しやすくしてみるとか、思いつくことはがんばってみてるけど、うーん、やっぱりそれでも難しかった。
これは私にとっては「アマチュアのオリジナル小説」が難しいというよりも、自分が作りたいものと自分が欲しいものが食い違ってるから、どう売ったらいいかわからない。オリジナル小説を買う人はどこを見て何を判断基軸に買うのかがわからないから、どう作ってどう作ればいいかもわからない。
みたいな所が難しい。
でも実際、フィクションジャンルで創作して売ってた人の一体何割が他サークルの本を買ってるのかって思う。
見て周ってて活気があるのもやっぱノンフィクションとかサブカルとか評論ってかんじだし。題材がいいと面白さが作者の巧拙じゃなくて題材自体に担保されていると思うから手を伸ばしやすいよねそっちの方が。その題材やタイトルがセンセーショナルであればあるほどその度合いは高まる。


サークル数は年々増えてるけど、お客さんの数はどうなんだろうねって感じだし。島の中には常に人が一杯だけど、通路には人がまばら…なんてデフォじゃん。(『デフォじゃん』って死語ですか?)
本当に、表現欲求を持つ人より受け取れる才能を持つ人の方がとても稀有かもしれないと思う。
「有名な人のことはどんなジャンルでも尊敬する。」って、フォロワー万単位の人が言っていて、確かにそれはもちろんそうだと思うけど、受け取れる才能を持つ人が本当に一番すごいと思う本当は。
真っすぐじゃない感受性を持ってたり、はなからカテゴライズして嫌悪しちゃうような差別的な人だったりに、それでもちゃんと届いてくれるものを作らなきゃいけないのは表現者の方なのに、表現をする人が本当に伝えたいことを、カテゴリーも稚拙さも全部看破して真正面から掴み取ってくれる人の稀有さ尊さに何よりも光を感じた。
今回売れた本の数は決して多くはなかったけどそういう煌めきに出会えた瞬間が色んなタイミングであったから、今回も出てよかった。
ちゃんとその感受性に見合うだけの、真正面から向き合えるだけの表現を私はちゃんと出来るようになりたいです。がんばります。

今日は本当にありがとうございました。おやすみなさい。