自己啓発書を真面目に読めない理由

なぜ私が自己啓発書的な本をちゃんと読めないか考えてみたんだけれど、その本の中で目的として置かれたり、逆に悪として位置付けられてることに対して、

なぜそれを目的として据えなければならないの?なぜそれはいけないことなの?

といちいち考えてしまうから。それは「筆者は直観的にそう感じているから」の一言で説明がつくのかもしれないけど、なんか強制的にその視点を読者に押しつけられてる感じが気持ち悪い。これも昨日の話同様、教師のクラスへの説教を思いだしてなんか嫌な気持ちになる。

・なんで満足したふりをするはいけないことなのか?

・流されるままの人生のどこが悪いのか?

・なぜ勝者の人生を歩まなければならないのか?

・なぜ「自分は世界を変えられる」と思えることが人の希望になると設定されるのか。

直観的に筆者がそう思ってることなんだとしても、きちんと「なぜ直観的にそう思うのか。」を掘り下げられてたら、もうちょっと説得力を感じられる文章になるんじゃないかなあ。

上っ面だけに感じてしまって、どう自分の血肉に変えればいいかわからない言葉群が続く。

 

でもその「悪いことだと設定されていること」「いいとされること」が筆者と読者間で共有されてることを前提にその本は全編紡がれているわけだから、はなからそこに共感できなければ真面目にその本を読み解くこともできないよねっていう。