2011年を起点にした過去と未来を巡る旅。光

金曜日から、中学高校時代を過ごして実家がある鹿児島へ行き、大森さんのライブを見て、母と休日を過ごし、親戚と祖父の米寿をお祝いして東京へ戻り、高円寺へしずさんのカフェへ行き、たかのさんの弾き語りを見に無力無善寺へ行った。

 

2011年より私は幸せになっている。と強く感じた。

誰かが楽しそうにしているだけで勝手に傷ついて怒っていた頃。

こんなに普通に焦がれ続けてここにいるのに、大学の「ふつうじゃないがふつうです」馬鹿げたキャッチフレーズ。異端に安く憧れて、ありあまる「普通」を手にしているのにそれをどぶに投げ捨てたポーズをとりたがる人間に憤っていた。

手の中に何もなかった。傷跡だけが痛み怒りと嫉妬と羨望にまみれていた頃。

 

2011年の初め、誰もが自分のすべきことやできることを考えた。

私は、本の中じゃなくてCDの中じゃなくてDVDの中じゃなくてネットの中じゃなくて、家の外へ探しに行くことだとおもった。触れてみたかったあらゆる「生」に。

初めて自分の作演で教室公演をやったのもこの年だったし、去年は行かなかった芸祭に行ってみて出会った太平洋不知火楽団

http://arikana.hatenablog.com/entry/20111105/1322666929

太平洋を見に行ったライブハウスで出会ったBiS

http://arikana.hatenablog.com/entry/20111121/1324906266

笹口さんを知って見に行った企画で初めて見た大森さんと高野さんと鈴子(neki)さん

http://arikana.hatenablog.com/entry/20111207/1323276316

BiSのんちゃんがブログにもがちゃんの名前を上げていたことが現場へ行く決め手になったでんぱ組.inc

http://arikana.hatenablog.com/entry/20120625/1340624300

 

家の外に好きなものが増えて、大切な忘れられない瞬間が刻まれていくたび、わたしは少しずつしあわせになっていった。

子どもの頃自分に全く選択の余地がなかった環境に傷つけられてきたわたしが、18歳で上京してから全部自分で選んで獲得してきた瞬間。手に入れた「ふつう」。

 

でも、鹿児島へ行くたび親の顔を見るたび、それが突然ゼロになってしまう瞬間があってずっとつらかった。ひとつずつ集めては手に握ってきたものが全部ばらばらにひっくり返されて、高校生の頃のあの空虚な気持ちに引き戻されてしまう時。

いつだったかの夏、実家で眠れなくて高校の頃の絶望の気持ちがあの時の感触と強度そのままによみがえってきて真夜中に家を飛び出したけど、車もねえし市電も動いてねえしでどこへも行けない気持ちで一杯だった中、街灯とコンビニの明かりになんだか救われて、
もう大人だから、夜に家を抜け出しても誰にも何も言われないし、どこでも行けるよ、と自分を諭しながら歩いて帰った

http://arikana.hatenablog.com/entry/20140926/1411743179

 

今回帰る時、私は着替えの服を全部、無意識に東京で好きになったものばかり選んで持って行った。しずちゃんすきT、はちみつさんの赤いスウェット、やばいちゃん×うしじまさんのおすしニーハイ、チョーヒカルさんデザインtokoneのクリームメロンソーダニーハイ、途中でやめるのワンピース。

今の自分を強く意識したかったんだと思う。気持ちが引き戻されないように。

飛行機の中では浜崎さんばかり聴いていた。

 

そうやって8か月ぶりに着いた鹿児島はもうどこかよその知らない場所みたいで、でもちゃんと帰り道は知っていて、ああ、もうたぶん呪縛からは解かれていたんだな、とおもった。親と会うのも出掛けるのも親戚とご飯行ったのも普通に楽しかったりして。

過去の傷が痛まなかったのは、たぶん今のわたしが圧倒的に楽しいから。

絶望が追いつかないように、全速力でしあわせだけをかき集めて生きていきたいけど。

 

今回鹿児島で大森さんのライブをどうしても見たかったのは、高校生の頃の私に大森さんを見せてあげたかったから。

だけど、今好きな服を身にまとい、今好きなものから派生してできた友達と会場で喋って、懐古の隙を与えない大森さんの圧倒的なライブで、高校生の頃の私なんてもうどこにもいなかった。

ちゃんと殺してくれてありがとう。私は明日も生きてゆかれる。