異国をくぐり抜けたおわりに

翻訳小説をちゃんと読み終わるまでに数カ月かかった。(「ティファニーで朝食を」)

小説を読む頭、映画を見る頭、アニメを見る頭、演劇を見る頭、と切り替えてかないとちゃんとそれが受け取れないんだな。

通読2回目ぐらいまでは、字が上滑りして上滑りして、うわ私こんな読むの苦手だっけってなったけど、3回目。描かれた光景を入念に入念に頭の中に描き、ページをめくる前に、そのページのイメージを頭に描けているか確認して次のページをめくる、を繰り返してやっとこさ最後のページまで辿りついた。

物語は、書くことも、読むことも、きっと旅に似てるね。

村上春樹が、小説はそこから何を得ようとするのでもなく、ただその世界を潜り抜けるだけでいい。と言っていた。

よくばりなわたしは、手の中に何か残せないと満足できないから、読むのも、書くのも、あんまり向いてないのかもしれない。