6/6ayumi hamasaki ARENA TOUR 2015 A Cirque de Minuit ~真夜中のサーカス~in 代々木第一体育館

事あるごとに自分の中で「孤独にひよるな」と声がすること。それは誰が教えてくれたことだったのかずっと思い出せずにいた。

「女子高生から、キャバ嬢、AV女優まで彼女を支持している。」と話した時、その理由をうまく捉えられなかったこと。

今日の彼女がステージに立ち歌うその姿が、その全ての答えを物語っていた。

孤独を引き受けてそこに立ち続けるということ。

 

1曲目のDutyから、14曲目の(miss)understoodでまで徹底的に孤独を歌っていた。

そのために、いつも彼女と同じ目線で演奏していたバンドを、全員上のフロアに上げていたし、近年ステージから下げたがらなかったダンサーズを誰もステージに上げずに彼女がまっさらな舞台で特殊な演出もなく一人で歌い上げる場面が数曲続いたりもした。

彼女の初めてのツアー第1幕ではオケでツアーを完走した。二度目のツアーからはバンドがついた。

それは音楽的に、とか、ライブの迫力として、とかもあっただろうけど、それよりも、一人で広いステージに立つことが嫌だったんだとおもう彼女は。年々ダンサーズを近い距離に置いてみたりダンサーズの見せ場を過剰に増やしたり、「一座」「私たち」という呼称を好んで使ったり。ダンサーズやバンドもすごいしがんばってるけど、第一に彼女を見に来ている私にとってはちょっと違和感があった。でもソロの名前を冠している彼女だから、例えチームで物を作ってもその評価は全て彼女一人へ向けられる。その孤独の絶大さの片鱗を少しはわかっているつもりだったから、ステージでバンドやダンサーズを近くに置いとくことで、それが少しでも紛れるのなら、それはそれでいいのかな、とおもってた。

でも、今日の彼女は、一人で舞台に立つことや孤独を、その苦悩も哀しみも寂しさもごまかすことなくただただ一心に引き受けて生きていた。

 

14曲目まで孤独を徹底的に生きて、そして15曲目に歌ったのは「Anything for you」

孤独の中から、孤独な誰かに手を差しのべることを彼女は選んだ。

「みんなの中にいる私」が、ひとりでいる人に手を差しのべることと、

「ひとりで生きている私」が、ひとりきりのひとに手を差しのべることは全く性質の違うことだ。

彼女は後者として生きることを選んだ。

そして「forgiveness」

リリースされたのはもう随分前だけれど、今の彼女が歌うために存在していた曲だとおもった。

『明日もきっと 諦めない 戦いを恐れずに きっと誰もが愛を守るそのために』

 

余計な演出を削いで、たださらの舞台で歌う彼女を見て、きちんと自分の歌を信頼して歌ってくれていたことがすごくうれしかった。

去年のティッシュパフォーマンスという、布を使った宙づりパフォーマンスをダンサーじゃなく浜崎さんがやっているのを見て、(別それ浜崎さんがやらんでも…)とか(やりたいだけですやん!!)とかおもってたけど、今年はそれをもっとちゃんと形にしてて、ここまでやられたらもう「浜崎さんwwwww」とか草生やすわけにはいかんなーとおもったり、なんかちゃんとお客さんの視線とか求めてるものとかを分かってくれた上で、自分のなすべき表現をやってくれてたこともすごくうれしかった。

 

2004年のMY STORYツアーから始まったショー路線は、2010年のRock'n'Roll Circusツアーの代々木7daysが到達点だったと私は捉えていたんだけど、そっから浜崎さんは一体どこへ行くんだろうなあ、っていうのをそれ以降も毎年通いながら思ってて、なんかもう年によってはほんと迷子!行方不明!ああー、ちょっともう今後もこんな感じなら、ツアー来るの今年が最後かなあとか思ってしまった年も正直あったんだけど、でもそんな紆余曲折あって、浜崎さんが2015年到達したのは、音楽を越えてショーを越えて、自分の剥き出しの生き様をステージでひからせるという、シンプルだけど、彼女にしか出来ないことだった。

暗い場内で、1万人のピンク色の小さな光が彼女を照らし、ステージでひかる彼女の生命が1万人を照らすその光景に、わたしは、何度見てもやっぱり泣きそうになるのでした。