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何度でも水を注ぐこと

二年前だったか、三年前だったか、作品を作るなかで
「今の自分の内面のある問題を解決するために、過去の気持ちや出来事を遡らなければならない」
というところに自分で行き当たって、そこから数週間、傍目には凪いでいるようで、だけど内心は暴風雨に吹き荒れどろどろになりながら過去起きてしまった事実やその時受けた内面の傷や痛み、そこから生まれた今日の自分の歪みとかを思い出せる限り洗いざらい掘り起こして、今の自分の知能と思想を持って当時の再検証と再解釈を試みたことがあった。
それが起こったのが5年前でも10年前でも15年前でも、ちゃんと思い返すとまるで昨日起こったことのように鮮烈に胸が痛んだ。それがどれだけ今日までの自分の足枷になっていたかもわかってしまった。


「どれだけお金を積もうが努力しようがはたまた対外的にはなかったことにしてしまおうが忘れてしまおうが、過去それが起きたという事実は二度と覆せない」という事実は、今と未来は変えられるなんて言葉や事実と等価だとはとても思えないくらい重く感じてしまう時がある。
でも例え覆らない過去とそれが全く等価ではないとしても、結局できるのはひかり放つ瞬間を愚直に拾い集めていこうとすることだけだった。それができてもなお、時々鮮明に傷が痛んでしまうんだとしても。