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12/24 UMINOTE LAST ONEMAN@渋谷WWW

 

ほんとに私が見てきたうみのての全てがこの日、渋谷WWWのステージに詰まっていた。
だからわたしも笑ったり高揚感に包まれたり悲しくなったり泣きそうになったり心かきむしられたり戦意を引きずり出されたり、これまでの4年間うみのてから得てきた感情全部が溢れてきた。いつだって覚悟はしてたけれど、この日は一曲一曲に、これが本当に最後かもしれない、とおもった。
SAYONARA BABY BLUEの優しいさざ波のような5人の演奏、歌声、泣きそうになるほど力強く優しい笹口さんのギターの音に寄り添うような高野さんのギター
東京駅で「お前らなんか不自由だ」「外はみんな不潔だ」と怒鳴ること。
RAINBOW TOKYO マナさんの脱退ライブ、この瞬間を絶対に絶対に忘れたくないと胸に焼き付けようとした瞬間の気持ち、汗に濡れる高野さんの肘から雫が床に滴り落ちるまでの一瞬、照明に照らされて輝いたこと。
その時々の気持ちの全部が、思い出じゃなくて今この瞬間の気持ちだった。
 
 
笹口さんは何年経ってもびっくりするぐらい年齢が変わらない、冷静さと熱をはらんだ独特のバランス感覚は一度もぶれなかった。高野さんは、痩せた!!!それから、格好良さのスケールが最初見た頃よりずっと大きくなった。
キクイさんのドラムがずっとすっごく好き。性を超越した格好良さ。どんどん存在が力強くなっていった。演奏中は凛々しいのに笹口さんのMCや無茶振りにいつもちょっとこまったように笑うとこが可愛くって好き。早瀬さんは最初どんなアッパーな曲の時でも絶対の静の人だったけど、だんだん熱いパフォーマンスが増えてってその変化になんだか胸が熱くなってった。鈴子さんは、temple bookも好きだけどうみのてのプレーヤーとして参加する鈴子さんの姿もすごく好き。存在の生活感のなさが笹口さんとどことなく似てる。弾き姿がいつでも発光しているように美しかった。
6月の雨のようなマナさんの演奏も月夜みたいな鈴子さんの演奏もどちらも大好きだった。
ステージ上でメンバーのちょっとした挙動の変化に敏感に対応するラッキーサウンドさん、ステージから客席までの距離を埋めて、見えるところ見えないところでうみのての存在を支えるシミズさん。
その2人が袖からステージを見守っている様子の絶対的安心感。
 
うみのては一つのバンドなのに、ステージに立つメンバーはいつもどこまでもひとりっきりだった。存在が誰も誰にも重ならない。なのにステージ上で1人きりの5人が鳴らす音が1つの音楽になることが、いつだって奇跡のようだとおもった。
 
 
4年前の私は、触れるものみな傷だらけにしようとしながら誰かに触れられるだけで傷ついてしまうような20歳だった。潔癖でやりどころのない怒りをもてあましていた。高校を卒業した途端、強制的に男女二元論の女という枠にぶちこまれて全てその文脈で語られることへの嫌悪感がすさまじかった。性にまつわる全てを脱いでまっさらになりたかったけど、そんなことは無理だからだったらせめてずっと一人でいたかった。
そういう私は世界のどこにも存在していないことにされている気が勝手にしてたし、でもそれと同時に、誰かから存在を認識されたいなんか微塵も思わねえよと思ってたし、だからいつも顔のない「みんな」を憎々しげに家の中から一人見つめているだけだった。
そういう頃の私が出会ったのが、うみのてだった。
ライブに行く毎、やっぱり家から出たくなかったとおもいながらゆううつな気持ちで電車に揺られ、チケット代払うのに受付の人にさえ怯えてああー居場所がないと思いながら、親しげに喋ってる人達の中客席のすみっこで携帯に目を落として開演を待って、でもうみのてがステージで音を鳴らしてる瞬間だけは、私が絶対今この中で一番誰よりも楽しいに決まってんだろ!!!!!!っていう気持ちになって、そこでもらった戦意を抱えて高揚した気持ちで家に帰っていってた。
 
あの頃より少しは優しくなったしとげとげしたところも減ったし社交性や社会性も多少は身につけたし、よく知らない誰かをただよく知らないからってだけで過剰に怯えることも減った。
だけどどうしてもどうやっても変えられないところ変わらないことがやっぱりあって、だけどうみのてはその存在を肯定するのでも否定するのでもなく、ただそこにあるということを圧倒的な強度で突きつけ続けてくれた。
うみのてがくれた戦意と居場所は、これからうみのてがいなくなったとしても私から失われることがない。
 
物語が終わっても人生は続く。