14歳の潔癖な精神

つらい憂鬱気分が晴れない、が続いているなか、ふと大丈夫な瞬間が生まれる。段々大丈夫な瞬間がまだらに増えていく、そしてまた大丈夫になっていく。しばらくするとその逆が起こる。というサイクルを、私は気付かないうちにこれまで一体何百回何千回繰り返してきたんだろう。これからあと何回繰り返すんだろう。
今年は、自分の感情の波の輪郭をちゃんとなぞれるようになりたい。
感情に呑みこまれないで淡々と行動を継続できるようになりたいけど、それが一番難しい。だって感情が行動の動機になるわけだし。

誰かの書いたものを読む、自分が書いたものを読まれる、恋をする、恋をされるってどういうことか考えたけど、自己の拡張ってことなんじゃないかと思った。

アメトーークDVDでエヴァ芸人を見た影響で、高校生ぶりにエヴァをまた見てる。成人してから見るとまた全然違う見え方する。加持とミサトの関係を察するアスカを見て、ああ、14歳の女の子って何て孤独なんだろうと思った。心情を吐露して加持に抱きしめてもらうミサトと、誰にも抱きしめてもらえないアスカ。2人の差は大人か子どもかってことだけ。ミサトの汚れた足。キスの事実を打ち消すように何度もうがいを繰り返すアスカ。14歳の潔癖な精神、ずるさも甘えも許せるのが大人。


連休最終日、ベイマックスを見た。アナと雪の女王を見た時も感じたけど、「人はストーリーがここでこう展開すると面白いと感じる/退屈しない」みたいなことの方法や統計をディズニーは徹底的に調べ尽くした上で作ってる、みたいなことをすげえ感じる。全てに集合知を強く感じる。
スタッフロール見ると、シナリオ部門に何人も人がいるんだけど、あれどういう役割分担になってるのかすげえ気になる。
っていうような話を抜きにして直情的には、面白かったし楽しかったし泣いたけど、でも気が滅入ってる時に見たせいもあるのか、映画の中の世界にはベイマックスがいるけど私の所にはベイマックスはいないじゃん、という気持ちになってしまった。かなしい。
子どもが見て思わず理系に進んで勉強したくなるような映画は良いね。大事なことだ。