この外側を見てみたい

私が私という一個の身体を持ち、私という中身を抱えるということがただそれだけでどれだけの制約を生むかということ。
2015年2月8日22:20に東京に居たら、2015年2月8日22:25にアメリカどころか熊本に居ることさえ不可能だ。せいぜい近所のコンビニぐらい。23歳っていうだけで行けない場所がある。女だというだけで入れない店がある。釣りに興味がないから釣りに行ってもたぶん楽しくないから行く気が起きない。
私が私という一個の身体を持ち、私という中身を抱えるということがただそれだけで数多の制約を産む。
ただそれでも、私が私であっても行けるけどまだ行ったことのない場所がまだまだたくさんあって、と思えることがどれだけ希望になるかということ。
世界にはまだまだ開拓の余地がある。