読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

楽しさを優先させること

20歳ごろに書いた自分の文章を読むと、なんか今よりずっと生きにくそうだった。今だってそんなにすごい生きやすい方ってわけじゃないけど。
それで、今の自分と20歳の自分の違いはなんだろう、とおもいながら読んでて気づいたのは、20歳の自分は
「自分の内的真実を捻じ曲げないこと、それに反することをしないこと」
を執拗に重視しているということだった。自分がぼろぼろになってでも自分が一旦真実だとおもったことは徹底的に守ろうとしてたけど、今はそれがあんまりない。
それが産む美徳も少なからずあった気もするけど、今はない。
なんでそこが変わったかというと、そのことが産む精神的苦痛の割に、それ自体あまりに意味がないことだとある時期気づいたからだった。
世の中は大概いい加減だし理不尽だし、自分だけが「こうしたい」より「こうあるべき」を守るほどの義理は社会に対してないなとおもったし、そもそも自分が考え出したとおもっていた「こうあるべき」はよくよく掘り下げてみると、誰かにとって都合のいい考えを他人から刷り込まれたものでしかなかった。
それでばからしくなって、正解よりも楽しいことを優先しよう!とおもいはじめた頃ブログのタイトルも表題のものに変えたし、世の中に正解や真実って一つじゃなくて一杯あるから、自分がちょっとでも生きやすく楽しくなれるものが出るまでカードを引き続けようという気持ちになった。それでやっと少し楽になった。