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強制横スクロールのアクションゲームで何もボタン触らなかったらそりゃ即ゲームオーバーだろっていう、

「プラスがまったくなくてもいいからゼロでいたいし出くわすマイナスを最小にしたい。だからなにもしたくない」
と思っていた頃があったし、前はあながち本当にそれはその言葉通りに実現できてたかもしれないけど、年齢を重ねれば重ねるほど、「なにもしない」はゼロでもなければ最小のマイナスでもなく、それ自体がひたすらに負の最大値だなあという風な感覚が強まってきた。

決定的にそうおもったのが、
「2011年の年末に自分が書いていた、『今年自分がやったことできたこと』みたいなブログの記事読んだら、そこに書かれていることが今の自分にどう繋がっているか全部精細に地図がかける気がしたけど、その直後に書かれた『来年の目標』みたいなエントリーにはなんかぜんぜんあんまりピンとこなかった」
とひとに話したら、
「何もやらなかったら、何もないもんね。」
と言われて、そう言われればそりゃそうなんだけど、なんかすごい眼から鱗だった。
何もやらなければそれにまつわる何かが未来に残るはずもない
と。
英語を学ばなければ英語が話せるようになるはずもない。
と、言われてみたらそりゃそうだってかんじだけど、なんか感覚としてそれがどういうことなのかっていうのが初めてわかってはっとしたのがその時だった。

実績や積み重ねが選択の自由度を高めるって場面がこの歳になるまででさえ何度もあった。歳を重ねるほどにもっとそうなってくよとおもうと、何もしないのはノーリスクどころか、強制横スクロールのアクションゲームで何もボタン触らなかったらそりゃ即ゲームオーバーだろっていう、なんかそういう危機感だったり希望だったりを覚えた。