「ようこそ地球 ここは安全圏じゃないっすよ」

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ようこそ地球 ここは安全圏じゃないっすよ

呼び出しちゃってごめんね

キラキラ ぶっつぶせ 世界

 

を、聴いた時、ああ、母的な言葉にも神様の言葉にも聞こえるなあとおもっていたら、

TOKYO BLACK HOLE初回限定盤同梱の冊子に第一子出産の母親を神様Lv.0と評していて、あーーーーーーーそれーーーーーーーとおもった。

 

巾着田曼珠沙華を大森さんが見に行っていたと書いてあって、あっとおもって自分のカメラロールを見てみたら、私が見に行ったのは大森さんが見に行った翌日だった。

私もやっぱり早朝が5時起きとか4時起きとかで始発に乗っていったから、大森さんが曼珠沙華を見たときの気持ちと自分が見たときの気持ちが重なっていた気がした。

よくよく表紙を見たら、表紙も曼珠沙華だった。

全然違う世界線で生きていて、それを一方的に覗き見るつもりだったのに、書かれていることの時々でふと繋がっている時があって、おなじものを見ておなじように感じたんだとしかおもえない場面があって、本なんて文章なんて超一方通行に発されることだし、読み手も読み手で超自分勝手な読み方するのに、でもその互いの一方通行がつながっているとしかおもえない瞬間があって、音楽聴いてるときもそういう瞬間があるけど、だからさー、もうそういう時は、なんかクソリプ来てへこむだとか、普段のとりあえず空気を悪くしないための中身の空っぽな会話とかって何なの!?即時性とかリアルタイムとか生身の会話って何!?意味あんの!?としかおもえない瞬間があっておもしろい。

 

不幸よりしあわせに涙がでるようになってしまった。しあわせが、たのしいが、いかに壊れやすくこの瞬間にしか存在せず、どれだけ今が楽しくても、はいだからこれでたのしい作るの終わりでオッケーですなんてことはなく、能動的に作り続けていかなきゃすぐ消えちゃうってわかってるから。

だから、クソみたいなことだって一杯起こってしまうこの地球でそれでも大森さんが紡ぐしあわせの手作りさが固有性が、そのひとつひとつを大森さんがかけがえなくおもっているかんじやその空気感柔らかさに、そしてそのしあわせに少しだけ自分のしあわせを重ねてしまったこととかで、涙が出てきた。

生きてるってこと。

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