もう無能な私はこれをやめてしまったら生きてゆけないとおもって日々満員電車に乗り込む会社員と、孤独の海で潜水し続ける芸術家の差はなんだろう。

「コンカフェで一度働くと、辞めてふつうの仕事についても『わたしはこんなところで働かなくても生きていける』とどこかでおもってしまうということなのだろうか。ちやほやされるのが忘れられないから、また戻って来てしまうひとが多い。」

というような言葉に、私はコンカフェで働いたことがないのになぜかぐさっと来てしまった。

それを聞いてから一日、頭のどこかでそのことについて考え続けていた。

 

選択肢が多いのはいいことだとおもった。なんにしても、どちらかを選んだその選択に覚悟が伴っているのなら。

見栄だけで動くのは、わかんないけど。私が生きているとことは違う宇宙の話だから。

 

もう、無能な私はこれをやめてしまったら生きてゆけないとおもって日々満員電車に乗り込む会社員と、孤独の海で潜水し続ける芸術家の差はなんだろう。

「わたしはこんなことをしなくても生きていける」とそこから一抜けするのと、どっちが最善の人生なんだろう。

 

デビュー前の浜崎さんは、グラビアの仕事終わりに、えらいひとのお酌をしたり機嫌を取ったりする他の女の子たちを見て「私はそんなことしなくても生きていける」とそれをしない選択をしたという。

 

何かを選ぶこと、選ばないことも含めて、一つの選択は必ず波になり未来まで到達する。どっちを選んだ方がよかったか、未来で答え合わせするまで誰にもわからない。

 

ZERO SENCE、第六感、自己分析、そういうものから導き出されたものに従って、自分でつくってくしかないとおもった。

誰にどう言われたとしても、本当のとこはこうだからね、私はそれをわかってるからねって、いつでも思えるようにしていたい。留まる時も一抜けする時も。