所作

ワンダーパーラーに行くと、所作の美しさについて考える。

形式だけにこだわるのになんの意味があるの、と、子どもの頃からおもっていたし、今でも割とそうおもうけど。(例えば、本来なら普通の飲食店の店員さんはお客さんの機微を推し量れるか否かの方が所作よりも重要視されるだろうし。)

だけど所作を知っている行える、ていうのは手段としてすごく便利だし強い。

所作が汚いからという理由で嫌われることはあれど、所作が美しいからという理由で嫌われることは多くないだろうから。しかも、それはその人の性格や価値観の如何を問わず、一定の法則規則性、ルール、を理解し訓練すればほとんど誰でも行えるという。性格や価値観や自分を変えずして人の好意を買いやすくなるという。

中身や骨の部分も大事にしつつ、形式を理解して便利に使いたい、とおもうようになった。

親にマナーをがみがみ叱られるより、所作の美しい人のそばでその所作を眺めてる方がちゃんとしよう…こういう風になりたい…とおもえるんだろう。何事も代表例を自分の中に持つって大事だ。