まっさらな肌の下に誰もが臓物を抱えている

年イチの健康診断のため、今朝は朝から病院に行った。

健康な人間が、薄い検査着一枚で狭い空間に詰め込まれてさまざまな検査を受けてる状態は、なんか恐い。その中には色んな種類の恐さと居心地の悪さをはらんでいるけど、一番は、いつもはそんなに意識しない、人間の身体の機能や実存、まっさらな肌の下に誰もが臓物を抱えているという事実を全面に押し出されてくるかんじ。

人間のプライバシーの最たる、の空間。

あんなに赤の他人のプライバシーに日々まみれて暮らしてるあそこの職員さんは、ああ、そんなに当たり前にまみれていたらそりゃデリカシーなくなるよね鈍感になっちゃうよね、という人も中にはいた。それに対して、だからこそ人の肉体が放つ情報や気配ひとつひとつを繊細に丁寧にでもどっしりと構えて対応している人もいた。

生きていることの生臭さと憂鬱、「健康」の曖昧な不確かさへの不安、にまみれて、なんだか色々削られてしまった後に病院を出た。

当たり前だけど、「生きている」って全然精神論や架空じゃなかった。めちゃくちゃ嫌になるぐらい現実だ。