形式だけってつまらない

動機のない、なんとなく場の空気のためになされる会話が苦手だ。

全然普通じゃない不自然な普通を「普通」に設定して、みんな色々自分の中身を調整してそれに合わせる。それができる人は適合、できない人は不適合の判が押される。
それさえできればそれでいい、本質的な内面がどうなのかは一切問わないっていうのは、適合できる人にとっては楽でいいんだろうけど。
でもその楽さに甘えて、形式だけこなして中身がクソいくなってくのが大人ってかんじだ。
10代のころの、自分の内面や価値を毎日誰かに自分に量られているような感覚を忘れないように暮らしたい。