排他しあうことでしか訪れない平和

8月9日

 

刺すような暑さの1日だった。

不幸を声高に叫ぶ人は、そうだね、幸せになった時には幸せを声高に叫ぶだけだね、と、おもうと、なんか別にもう、という気持ち。

誰かの不幸や幸福にに気を遣うことなんてもう意味がないからやめよう。さっさと距離を置いた方がずっと合理的。

私が不幸になったところで誰かが幸せになるわけじゃなく、私が幸せになったところで誰かの不幸とは何も関係がない。

と、おもうと、人はおんなじ種類の同じぐらいの量の幸せと不幸を持ったひとたちと親しくなった方がきっと無難なんだろうし、そうじゃない人達を排他しあうことでしか、平和は訪れないのかな、とおもう。

理解は、平和の果てにではなく、ずたずたに傷つけあった果てにだけあったことの方が多かった。私の場合は。