だからその人間の一人として

「しかし先生は世間が嫌いなんでしょう。世間というより近頃では人間が嫌いになっているんでしょう。だからその人間の一人として、私も好かれるはずがないじゃありませんか」

 再読しているこころのこの一節が、やたらと印象に残ってしまうのだった。

人間がいるのではなく、個人がいるだけだ。個人個人に対して好きだの嫌いだのおもうわけで、その総体が好きか嫌いかなんて言えない、と、つとめて思おうとしていたけど、でも暮らしていて人と接していると、「この人は『人が好き』から気持ちがはじまってるな」とかその逆とかをどうしても感じてしまうから。

人見知りもひきこもりもニートもその理由が、「人が嫌い」にあるひとが一杯いるんじゃないだろうか。

少なくとも私の幼少期の「人見知り」の感覚、もう完全にあれは「人が怖い・嫌い」だった。

その感覚を今の私もまだ持っているのだとして、それでも私が明日も外に出られるのは、私のまだ見ぬ美しさを誰かが持っていると、どこかで信じているからだとおもった。