それでも絶望しない

学生時代の記憶。体育の先生がクラスメイトをよくわからない理由で殴って蹴ってたこと、生理中の女子生徒もプールの授業に参加させてたこと、野球部は絶対全員坊主、朝礼で生活指導の教員は必ず罵声で生徒を黙らせる。

薄ーく、薄く、でも確実に、「絶対にそれはおかしいよね?」とか、「ここは本当に法治国家か?」「日本国憲法を教えた口と同じ口でどうしてそんなことが言えるのか?」

とはらわたを煮え繰り返しつつ、公的な対抗手段が与えられていなかった我々。

 

あの絶望は、校内だけのものだ、大人になればたぶん、と思っていたけれど、共謀罪はあんな流れで決まっちゃうし、みんなが貧しくなっていくっていうのは、いざという時に法的手段に出れる人が減っていくということでもある。政治参加もしようがない。お金と時間がなければ。

あの薄い、でもヤバい矛盾と絶望の影が色濃くなり学校の校舎からも溢れだし社会に浸食している、そんなイメージを最近持っている。

 

何かそれでも、政治家じゃない自分に出来ることがあるんだろうかと考えても、あの、無意味なミサイル避難訓練を一生懸命実施する市民のニュースを見て無気力になりそうになる。

 

それでも、たぶん何かあるんだよ、あるはずだよ、戦争が起こってしまうその日までは。自分の力を正しく使える場、正しく努力できる場が。

 

それが何なのかはちゃんとしたことは言えないけど、諦めて無気力無関心に自棄になることが一番よくないっていうことだけははっきりとわかる。