あのツイートが 「自分がおしゃれなんかしたって意味がない」 という呪いになりませんように

ファッションは顔が全て

という内容の今週のバズりツイートを見て、どうかあのツイートが

「(本当は着てみたい洋服、してみたいメイクがあるけれど)自分がおしゃれなんかしたって意味がない」
という呪いへ変わりませんように

と強く祈った。

 

まずなぜ私にはその呪いがかからないかというと、私が着てみたい洋服を絶世の美人が着たところで他でもない私が着たことにはならないし、私が今着たい服は、今日から100歳までの間でいつ一番似合うのといえばそれはおそらく今でしょう。

ということを分かっているから。

 

ただ、10代から20代の初めごろまで私はああいう言説をまともに真に受けて血を流し、

「本来私はおしゃれをしようなどとは考えてはいけない人間だ」

と本気で信じてしまっていたタイプだった。

 

だから、ああいうツイートを真剣に受け止めて傷ついてしまうひとが一人でもいたら私は心が痛いし、でも絶対どこかにいるはずだということをわかっているので辛い。

 

 

あなたの顔を私は知らないけど、あなたの顔を揶揄したり着ているものや化粧を笑う人がいたらそれは絶対に揶揄する人こそが人間として醜悪だし、何にも後ろめたく感じる必要はないから、心のままに自分の欲する色形を身に付けて欲しいと願っています。