この写真を見て沸き上がってきた感情を言葉にしたいと思った時に出てきた言葉の羅列/500億時間眺めていたい/生きる勇気/生きていてよかった/このような世界で生きていきたい

 キモいと思われたらどうしようとツイートする勇気がないために、誰も見てないブログ(ここ)に書くという、考え得る限り最もキモい手段を取ってしまった…。助けてくれ~~!!

それは私の世界に対するリアクション

自分の死体をずた袋に入れて引きずり回すぐらい今日は身体が重たかった…

 

冬はマジでダメということに気づくのに時間がかかりすぎた

 

去年亡くなったアーティストが「私が死んで泣く奴は嘘つき」とブログに書き残してた。

死んだらもう怒れないよ

例えそういう思いがよぎったとしてももう踏みとどまれなかったんだろうな

だろうな

にしかもうならない。死ぬということ。

クラファンやってることも、本人はどう思うんだろうと思いつつ申し込んでしまった。

それは作品の痕跡を手元に残しておきたいという自分のエゴでしかない。私は生きているから

 

そのアーティストのブログも今日までずっと知らなくて、でもなんか今日の私はそういうものを引き寄せてしまう自分だったんだろうな。

たぶん自分の感情のステージに近いものだけが見えるようになってる。インターネット

 

毎日このブログを書いていても10年書いてもなんにもならなかったと言って、届かなければ意味がないからと言って、そうなんだけど、

でも本当は全然そんなことどうでもよくて、やっぱり本当のことしかいらないよ

って、今でも思ってる。

 

創作、創出、それは私の世界に対するリアクション。リアクションを形にすることが私の生きる意味に近くて、愚鈍でも無才でもクソでも、リアクションすることぐらい誰だってできるでしょ、そう思っている

 

 

 

でもやっぱmoreきゅん奴隷をかなのちゃんが歌ってるところを生で見たい

私はでもやっぱmoreきゅん奴隷をかなのちゃんが歌ってるところを生で見たい。

www.youtube.com

 

愛は善じゃないし必ずしも救済にはならないしグロテスクな時も多々ある。その前提の元で、それでもこの曲は愛なくしては書けなかったと思う

ガワだけ抜かれてTikTokでキラキラソングにさせられるのなんだかすごく虚しいよ

 

生きている限り可能性は残され続けている

 

arikana.hatenablog.com

 

 

 

今日の私はそう思った

信頼とかがよくわからず「この人はこういう傾向がある」という傾向でしか人間を捉えられない時間が長く、子どもだったら「この人が信頼に値するか」を試す行動も時には大事で、何故ならそれはほんとに自分の心身の健康や命にまで直結することがあるから

でも大人になったら、一度信頼すると決めたら試さない、とりあえず信じることから始める、何も起こっていない時から裏切られた時のことを心配しない、そういう鷹揚さもたぶん必要なんだろう

自分の本音がどこにあるのかちゃんとわかって受け入れて許して、自分のことは必ず私が一番味方するよと言い聞かせて、でもそれを他人にまで全部曝け出すことは、必ずしもいつでも正しいことというわけじゃないよ、というのが、子どもじゃない一人の人間があるべき姿なのかもしれないなあ

それが周りの人を大切にすることだし、自分の孤独を大切に守るということなのかもしれない

明日は全然違うこと考えてるかもしれないけど、今日の私はそう思った

冷たい海

どこに行きたいのかもわからないしそもそもどこへも行けないと泣いていた頃とは違う、なぜならもう大人なので

ということさえ忘れなければ

言い聞かせている

自分の自由を見つめることは孤独の海に身を浸すことと同じだね

忘れかけていた冷たさを素足の指先からひやりと感じる

でも孤独を覚悟できない人間は誰にも会いに行けないから

朝、しにたみを飲み干して

朝、しにたみを飲み干して家を出る

ホームの床の縁があちら側とこちら側の境界線 最近はホームドアが目隠しをしている

こんなに元気なのに、私が飛び込んだらみんなどう思う?と考えるだけで楽しくなっちゃう不謹慎

注射すら苦手な私が自らあの線を越える日は一生来ないたぶん

 

 

 

 

10/29まではメーァというお店があります。

※11/1追記 11月から限定開催が始まる旨発表がありました!

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追記ここまで

 

今日、たぶんメーァを知る誰もが寝耳に水の発表だった。

 

 

 

姉妹店のクロエも含めて、間違いなくこの2年ぐらいの間私が一番通っている場所で、一番大好きな推しがメイド長のおさことゆいまるさんだった。
行ってももうあえてSNSに書こうともあんまり思わないぐらいに心の拠り所で、友達の家にふらっと寄ってわいわいするような感覚で、何よりあの優しい空気感を正しく言語化できる自信がなくて1mmもあの世界を壊したくなくてこうやってブログに書くこともなかったけど、間違いなく一番一番、大好きな場所。

 

閉店すると聞いていてもたってもいられずその足でメーァにご帰宅して、私と同じように閉店の報を聞いて全く訳が分からないがとにかく一大事と続々駆け付けたお客さん達。来るものの、深堀りせず、私もなんと声を掛けていいのかわからないまま、下手に触れれば泣いたり泣かせたりしてしまいそうでいつも通りの楽しい時間を過ごして帰路についた。

数時間経って思うのは、メーァをなかったことにしたくない、メーァという場所があるということを、膨大なネットの海の中でここにまず、残しておきたいということだった。

 

フジプラザというスナックやバーがたくさん入った三階建の雑居ビルの三階にメーァはある。
最初は怖いけど、慣れると不思議と落ち着く場所。
フジプラザのこと私は心の中で勝手に「コン喫系のバーが多い池袋のゴールデン街」と呼んでいる。

 

メーァは元々おさがつくったお店で、中野での常設店舗時代、不定期のイベント営業時代を経て、2017年3月に今の池袋常設店舗がオープンした。(現店舗はUltimate spell groupの傘下。なのでオーナーは別の人で店長的なポジションがおさ)
私がメーァを知ったのはイベント営業時代に友人のいなりちゃんがゲストで呼ばれたことがきっかけで(現在も彼女はキャスト)、実際通い始めたのは現店舗がオープンしたタイミングだった。

 

私はメーァのことを、コンカフェや色んな現場に疲弊した人達の最後のオアシスとよく人に紹介している。
ルールを増やさなくても、越えてはいけない一線を最初からちゃんと理解している優しくて大人なお客さん達、推し以外のキャストのこともお店のこともみんな大切にしていること。キャストのみんながメイド長のおさを信頼していること、おさもキャストのみんなやお客さんを信頼していること。キャストのみんなが自分の楽しいも大事にしながらお客さん達がみんな楽しめているかどうかもいつも気を配っていてくれること。

威圧や牽制なしでちゃんと全てのコミュニケーションが成立して満たされた場所が世界中で少なくともここにはあるんだということが、たまらなく救いです。

メーァに何度も足を運んでいて、どんなに混んでいても「今日は全然楽しくなかった」という日はこれまで一日たりともなかった。大好きなおさがいて、常連さんも新しい方もいつも着かず離れずの心地よい距離感で接してくれて、キャストの誰が出勤でも、いつでも楽しかった。
今まで色んな現場に足を運んで好きな人や場所ができてもなんとなくいつも「ここはお前の居場所ではない」という現実を突きつけられているような気持ちで、それでも好きだから無理してでも通って、だけどいつか心が疲弊して離れて行く…というのが常だった私にとって、たぶん初めてここが自分の居場所だと胸を張って言える場所です。

 

何をどう思えばいいのかの結論も全然出ないけど、今まで大事にしてきた場所や人を最後まで大事にしたいという気持ちです。