DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る…感想。

DOCUMENTARY of AKB48を見てきました。
ノンフィクションとはいえ、映像作品なのでもちろん創作物であることは変わりがないし、彼女達がカメラに見せている姿が本心だとは限らない。美しい部分だけ切り取って、あまりにもエグすぎる部分は見せていないのはわかってる。
でもノンフィクションを見ると、演技じゃない純粋な行為の持つ力の物凄さを感じます。

一番忘れられないシーンがある。
西武ドームでの公演で、過呼吸で倒れたあっちゃんが曲が始まる直前まで裏で手当てを受けていて、ふらふらになりながらステージに出てきて、過呼吸気味で、今にもステージに倒れ込むんじゃないかって時。初期位置に着いて暗転し、「フライングゲット」のイントロが鳴り照明に照らされた瞬間、完璧な笑顔でそこに立っていた。すぐに疲労の色が戻っていたけど、最後までパフォーマンスしきっていた。
あの、呼吸が不安定で顔色悪くて、今にも倒れそうだった表情から、笑顔になった瞬間、背筋がぞわっとした。感動したとかよりも、もっと重いものを感じた。プロ意識。その場に倒れることもできない重圧。そこには剥き出しの何かがあった。生々しかった。怖いとすら思った。


世はアイドルブームで、そこで今、天下を取ってるのがAKB48で、48グループはゆうに100人以上は越えていて、その一大ムーブメントの中心に居て看板張ってるのが、彼女。
その重たさ、私の想像を絶するような重さがあるのだということを垣間見た。
明日は忘れられてるかもしれないという恐怖。努力さえも無意味な時がある。
そんな不安定なものの中心に彼女はいる。
ただひたすら上を見ていればいい子たちに比べれば、彼女が背負っているものはあまりに重すぎる。でも前を見続けなければならない。

何より、そういう状態を彼女自身はたぶん望んでいなかったはずだから。そもそもセンターになりたくてセンターになった人じゃないし。
秋元康は本当に罪深いと思った。こういうドラマを生むことを最初からわかった上であの人は前田敦子をセンターにしたんじゃないかと勘繰ってしまう。

チーム4のキャプテンを、明らかにキャプテン向きでキャプテン志望の島田ではなく、大場にしたこともそういう効果を狙ってたのか、とも。


誰かが、大島優子が太陽ならば、前田敦子は月だと言っていた。
月は、隕石がたくさんぶつかった方の面をいつも地球に隠しながら周っているそうだ。



でも、太陽と形容される大島優子がいつも天真爛漫に笑ってるのかというと、そういうわけじゃない。
彼女で印象的なシーンは、西部ドーム公演で、「あれ、次どっから入るんだっけ?曲なんだっけ?」と言いながら、言ってるうちに不安感が煽られてしまったのか、過呼吸になるところ…。痛々しかった。

それから総選挙。彼女はどんな気持ちであっちゃんを抱きしめていたんだろうなと思った。


忘れられないのが、たかみな。
あの事件があった後なだけに、余計に見ていて辛かった。
彼女も、またあっちゃんとは全く違う形でAKB48の重圧を背負っている人。
彼女の眼はいつも真っ直ぐ。ぶれない。突き刺さるほど力を持っている。
背負うものが増えれば増えるほど、彼女の眼には力が宿っていってるのではないかと思う。
AKB48で彼女だけ、アイドルじゃないと思う。
どこがどう、ってわからないけど、アイドルじゃないと思う。
実像すぎる。本物すぎる。

神様にも運営にも、もうこれ以上彼女に色んなものを背負わすのはやめてくれと思う気持ちがある半面、背負うものが増えれば増えるほど、傷つけば傷つくほどに彼女はより強く美しく輝きを増すのだろうなと思うと、残酷な渇望が胸をよぎる。


割に重たさが全体通してあった今回の映画の中の、緩和剤がきたりえだった。
海外に行った時にボディーガードがついたという話をしていて、
「話しちゃいけないって言われてるのか、話しかけても全然答えてくれないんですよー。あっ、でも一回だけ話してくれた時があって、」
ーなんて話しかけたの?
というインタビュアーの質問に対して

「ハウオールドアーユー?」
と真顔で答えたきたりえに隣の人と思わず一緒に噴き出しました。
きたりえ、今回の映画ですごい美味しいと思った…。


西部ドーム公演の舞台裏はひどいなーと思いました。
本番で
「はけ口どっち?次の曲どっち?え、こっちじゃないの?次何に着替えるの?」
って質問で溢れてるっていうのは異常。
そんな状態でお金取っちゃダメだと思う…。
リハとかゲネとかやってないの?と疑った。
あれでメンバーが責められるのもとんだお角違いだし…。
セトリの悪さとか、リハ不足とかどう考えても大人側の責任でしょ。
適当に根性論で片付けて美談にしようとしてるのはいただけなかった。
倒れる人が出るのも、体力考えないでセトリ組んだらそりゃ倒れるし、ただでさえたくさんの人の前に立つプレッシャーでみんな一杯一杯なのに、裏があんなにぐちゃぐちゃだったらそりゃ不安で過呼吸にもなるわって感じ。
そのせいでドキュメンタリー的にはいい絵が取れたというのも癪だし。

後から振り返って公然と「あのライブは駄目でした」とか言われたらじゃー金返せよ!って怒られても仕方ない。


そして48グループによる被災地への慰問。
こないだのヒミズでも見た、瓦礫の山。
あの光景を何度見てもあれが日本なんだとどうしても信じられない。
あの光景が東京でも、熊本でも、鹿児島でもおかしくなかったんだとはとても信じられない。
あれからそろそろ1年経つけれど、いまだに3月11日のあの地震の全貌が私にはわからない。放射線量が増えたと言われても、見えないからわからない。
きっと、直接被災地に行ったとしても、やっぱり実感は生まれないんだろうなということは、バスの窓越しに被災地を見つめる彼女達の表情からわかった。
あの地震の全貌を、本当に知っている人が居るんだろうか。どこにもいないと思う。
関東に居た私のリアル。東北に居た知らない誰かのリアル。揺れなかった地域のリアル。AKBのリアル。
断片だけをみんな握っている。と思った。


「少女たちは傷つきながら、夢を見る」
この言葉が、この映画の全てだと思う。
どれだけ傷ついても、今日も生きていて、今居るこの場所を捨てるつもりがないのなら、ここで生きて行くしかない。
そんな思いがこの作品の根底に流れている気がした。


たくさんの傷を負って、それがどれだけ痛んでも、ライトが当たれば今日も彼女たちは笑う。
傷ついても、傷を隠して笑顔で戦い続ける彼女達はなんて美しいんだろうと思ってしまうことが、怖い。