麻生夢想「英雄探偵」総括。

麻生夢想「英雄探偵」終わりました。
今回、私は初外小屋で、初役者としてこの劇に関わらせていただきました。
気づけば2月が終わってしまいました。1月末からここまでタイムトリップしてしまったようです。
色んなことがありました。

千秋楽後しばらくは役の感情と自分の感情が入り乱れてとても混乱してました。気持ちも落ち着かず。
千秋楽は本当に全ての事象を舞依の視点で見ていました。
今まで「役に感情移入する」と聞いても「言うても…」みたいな気持ちをどっかに持っていたけれど、それはこういうことなんだなあと身をもって知りました。

客として見る時も、演出する時も
「別に中身が伴ってなくても、周りからちゃんと役に見えればおっけー」って思っているので、自分もとにかくそういう風に見えるように演技を…!と思っていましたが、
外側を造り込んでいくことで結局最後に中身まで伴ったような気がしました。
それが必ずしも演技する上で良いことだとは思いませんが、すごくそれは不思議な感覚でした。

今回演じさせてもらった舞依と私の考えの共通項に気づくたびに、舞依と私の自我がどんどん近付いていく気がしました。
舞依の藤堂への気持ちと、日に日に増して行く私の新藤さん(藤堂ジェイソン役)への信頼感が、気付かないうちにどんどんお互いに投影されていて、舞依の藤堂への気持ちが完全にわかった時点ではじめて舞依という人間を本当に理解できた気がしました。
新藤さんには、舞台上でも、舞台裏での動きでもフォローしていただいてばかりで、場数も踏んでてものすごく機転が利いて気配りの出来る方だったから、もう幕が開いてからは絶対の信頼と安心感を私は新藤さんに持っていたので、そこは舞依の藤堂への気持ちと限りなく近かったような気がします。
新藤さんがこのカンパニーの唯一の先輩だったっていうのも、私にとって良い方へ作用したんだと思います。藤堂ジェイソンとしての演技やひとつひとつの所作がすごく魅力的だなーっていう気持ちも。
でも千秋楽でこそそんな気持ちで臨みましたが、打ち上げで新藤さんが「最初にすごい藤堂への嫌悪感が見えたから…。」とおっしゃっていて、最初は確かにそうだったなあと思い出しました。
暴虐無人でただただ怖くて恐ろしいだけっていう藤堂ジェイソンをどう好きになっていいかさっぱりわからなかったし、「なんでそんな上から目線なわけ!何様なの。」とむしろ嫌いでした。
犬みたいに、人に飴をあげて渡すのも人としてどうなの!みたいに演技といえども最初は拾いに行くのに抵抗があったし。
新藤さんも最初先輩だから接し辛いし、なんかいけすかない人…という印象を勝手に持ってなんとなく敬遠気味だったし。

でもそんな時期があったことを忘れるぐらい、本番は飴拾いに行くの楽しかったし、藤堂様に命令されるのもうれしかったです。
そういう風になったのは、舞台上以外でも、新藤さんが私が演じやすいように色々気遣ってくださってたからだと思うし、あとは新藤さんが日に日に藤堂ジェイソンとして魅力的になっていってくださったおかげだと思います。

最初、作・演出の麻生に「舞依は藤堂以外には全く興味がない役柄だよ。」と言われて、なんか全くピンと来なかったけど、最終的には本当にその設定に叶う心情まで持って行けたんじゃないかなと思います。


武と舞依、ヒロシと舞依の関係性もそう。結構なんとなくだけど、私は現実の稽古中の2人との関係性を役に投影している気がした。
武役のすどうさんもヒロシ役のえびさんも、私の稽古中の雑で頭悪い絡みにも快く乗ってくれる優しい人たちだったので、演じる時罵声を浴びせるのもとてもやりやすかったです。…とこんな書き方をするのもなんだかなってかんじですが。


初めて役者として複数公演やってみてわかったのは、1ステージ終わった時のテンションとか、作品への評価の感覚が、特にみんなで話し合わなくても全員で共有されうるものなんだなってことです。
劇中でお互い直接の絡みがさほどなくても、どこかでテンションとかが影響されあってるんでしょうね。
作品が一つの生き物だったら、ひとりひとりが細胞みたいだと思いました。


稽古期間はなんかもう本当毎日辛くて。出来ないし下手くそだし機転も利かないし。
麻生夢想の稽古場は、高校演劇から演劇をやっている人がほとんどで、その中で私は唯一演じることについてはずぶの素人の初役者だったので、もう日々ワークショップやっても何やっても私だけ際立って出来ないから、自分でもほんとに本番までにちゃんとできるのかな、と全く自信なかったです。
それから、やっぱり私は演技よりも劇作って思うから毎日、自分の本を外小屋でやれて、自分の本を信じながら演出してるっていう麻生(主宰兼劇作兼演出)への嫉妬心や、煽りの言葉を言われるたびに萎えそうになる心との戦いでした。
その時やっぱりモチベーションになっていたというか、
「それでもちゃんとやらなきゃ!」
みたいな気持ちになったのはひとえにお金と時間をかけて観に来てくれるお客さんがいるというただただその事実のみでした。
見に来てくれるお客さんには私のそんな個人的な心情は関係ないから、言いわけにならないと思ったのです。

そんな辛い稽古生活の中での唯一の救いは稽古場の人間関係が良好で、麻生夢想のメンツがみんなほんとに良い人だったっていうこの一点のみでした。
これで人間関係が最悪だったり、すんごいやな人たちだったりしたら、私はもう間違いなく完全に心折れていたと思う…。


話をもらったのは、10月の末あたりでした。
麻生から最初は「ちょっとまだはっきりしたことはわかんないけど2月に外でやるんだけど、役者が足りないかもしれないからその時は出てみない?」ぐらいに話をもらっていて、
私も一度誰かの外公演に関わりたいと思っていたけど、役者経験ゼロだし気遅れしてしまって「じゃあもし他に見つからなかったら…」くらいに留めておいたら、確かそこから一週間も経たないうちに芸祭で松尾(南野役)に「麻生夢想出るらしいですね。」
と言われ、「え、そうなの???」みたいな状態になり、翌日麻生夢想メーリス登録ご案内メールも来て…
と、外堀を包囲され、まあ良いかな、と引き受けました。
その後麻生からはなんか順番が前後してしまって申し訳ないとの詫びの言葉をもらいましたが、私は結果的にこういう形で決めてもらってよかったと思います。


12月に軽いワークショップが数回あり、1月下旬から稽古はスタートしました。
当たり前だけど、はじめてだから右も左もわからないし、何をどう努力していいかもわからないし、何やらせても明らかに私が一番出来てないし、言われたことをできるようになろうと必死でやりながらも、「知らないからね!どうなっても知らないからね!」ともう半ば開き直りのような気持ちでやってました。
1月下旬〜2月初旬くらいまでは、ワークショップ中心で、あと、コメディシーンのつくり込みと、殺陣の形造りをしていました。
そこから殺陣の基本形ができ、ようやく一通り形になったところで荒通し。ここで笑いに傾倒しすぎ、ということや、設定の矛盾やわかりにくさなどの問題点が出てきて、一度全ての問題点を稽古場で話し合い、ここで台本を大幅に修正することに…。
休日を1日挟み、よれよれの麻生が新しい台本を持ってきた。
こっちの台本の方がよりすっと話が入ってきたから、結果直して正解だったと思います。

ただ、ようやくセリフが入りかけていたところだったので、修正点や追加のセリフを覚えるのに四苦八苦していました…。そんなに多い量ではなかったのに結構ぎりぎりまで覚えられなかった。
自分の変化への対応力のなさを露呈してへこみはじめた時期。
本番一週間前。このへんで私はちょっと軽く風邪を引いてしまう…。
二月だから寒いし、稽古場も床が冷たいし、稽古の疲れもぼちぼち出てきていたんだろうし、まあ理由は色々あったんだと思うのですが、とにかく役者をやるなら健康管理は最低限できてるべきだったのに…とへこみ、まあとにかく引いてしまったものは仕方ないから早く直さなきゃと、普段嫌いで飲まない風邪薬を飲み、稽古場では絶対に床に座らず椅子に座るようにして、ちょっと身体動かさない時間があったら必ず上着を着込み、野菜をたくさん食べ、とにかくビタミンCが豊富な栄養ドリンクをドーピングし、気合いと根性で3日ぐらいで直しました。確か。

でもやっぱりなんだかんだ病みあがりで気も弱っていたり、稽古場は特に主演二人のセリフの言い回しや動き以上に「感情表現」というかなりシビアなとこにフォーカスを当てられ、なかなか緊迫していたし、そういうのが色々重なって、だんだんちょっと自分の中でなんとも言葉にしがたいもやもやしたものが溜まっていくのを感じましたが、どうすることもできませんでした。稽古や演技そのものに楽しみは見出せないのに、一度も役者として本番の舞台を経験していないから、その本番の舞台を踏むことがこの1カ月の対価になりうるのか、と確信を持てずにいました。
それでそれが一気に出てしまったのが小屋入り前日、稽古場での最後の通しの日でした。
後から思い返したら、もう朝からどっかおかしかったんだと思うんだけど、キャスターに2つ積んでる箱馬を駅から稽古場まで運んでる時に、誤って転がしてしまって、「私は箱馬ひとつ満足に運べないのか…」と思ったらずーんと落ちこんでしまって、稽古場着いて、稽古してて、演出助手のまつこに「金髪をかぶって登場する時の歩き方」をその2日前くらいからずーっと教わっているのにやっぱりちゃんとできなくて、「私はこんなに教えてもらってるのに出来ないのか…」とさらに落ち込んで、それで下手で自分の登場シーンのないとこの稽古を見てたら、「次のシーン上手から入るから、上手に居た方がいいよ。」って言われて、「なんで私はそんなことにも気づけないんだろう…」と落ち込み、そして上手に行って座ると、「そこ、はけ口の前だからそこに座んない方がいいよ」って言われて「わあわたしそんなことにも気付けないの?」とへこんだら、そのシーンで自分が舞台外で発するセリフのタイミングもわからなくなってしまって焦ってセリフを言ったら、案の定言うとこ間違ってて。もうなんかその瞬間完全に心が音を立てて折れてしまって、嗚咽も出ないのに涙だけがぼとぼとぼとぼとぼと出てきて、これじゃ稽古できない!迷惑になるだけ!と稽古場を飛び出し、トイレの個室にたてこもる。
「泣いてどうするの?泣いてる時間があったら稽古した方がずっといいよ。泣いても何にもならないよ。」とか「なんて自分はダメな人間なんだろう…」
と思えば思うほど余計に涙が止まらなくなってしまって、またそういう自分に対して「泣いてどうするの?」問い詰める…の無限ループにはまってしまいました。
でも最後の通しの時間までには絶対稽古場に戻らなきゃ、と依然ぼろぼろの状態で、通し30分前に必死に自分としては精一杯平然な顔をして稽古場に戻ると、なんかみんなも平然と振る舞ってくれた。
でも麻生は不自然なくらい優しいし、すどうさん(武役)はシュークリームくれたし、新藤さんはマカダミアナッツくれたし、他の別に何も言わない子たちもなんとなく遠目に気遣ってくれてるのを感じて、申し訳ないやらありがたいやらでした…。
みんなに突然稽古を飛び出したことを謝らなきゃいけないと思ったし、麻生に注意されたから心折れたわけじゃないんだよってことを説明したい気持ちも一杯あったんだけど、そういう言葉を1個でも発したらもうまた使い物にならなくなるのが眼に見えていたし、言葉を発すれば泣きごとばかり口にしてしまいそうだったから、心の中でたくさん謝りながら、何も口にはできずに通し稽古にのぞんだ。ものの、自分の登場シーンでは絶対に涙を流してはいけないと気を張るあまりに、一度退場すると反動で涙が出てきてしまって、登場する時にまた気を張って、の繰り返しで最後まで行った。笑わなきゃいけないシーンでも全然ちゃんと笑えなくて、ほんとにずたぼろでした。
あの日は本当に申し訳なかったです…。
でもあの日があったから、初舞台だったけど小屋入りしてから色んなことに動揺せずに乗り切れたんだと思います。
小屋入りする前に気持ちの膿を出し切れたのは不幸中の幸いだったと思います…。
でも迷惑かけたのは紛れもない事実なので、もっと強くならなきゃなあっていうのはとても思いました。


そして小屋入りの日の、小屋入り前の練習も、前日ほどひどい状態ではなかったけど依然心折れてて、笑顔で楽しくなきゃいけないシーンでうまく笑えなくてどうしよう…と思ったのだけれど、でも練習してるうちに段々元気が出て来た。
小屋入りして場当たりを終え、王子から帰りの電車で一人色々考えてるうちに、「もう人より劣っててもそれは仕方がない。それでも自分にできることはこの一カ月精一杯やってきた。これからもそうしていくしかない。」という結論に辿り着きここでようやく立ち直る。
そして万全な状態で初日へ。

初日
まずは場当たり、そしてゲネへ。
稽古場ではちゃんとできていた裏通りの移動や、舞台外の自分の動きを把握し切れていないところが露骨に出てしまい、1箇所、私は舞台上に出るべきところで出そびれてしまうという致命的なミスを…。あと完全にセリフが飛んで一箇所アドリブ挟んだら完全に地で喋ってしまった箇所があったり…。
内心ひやひやしながら最大限顔には出さないようになんとか乗り切りました。
でもここでしっかり危機感を覚えて修正して、確認して、そして初回へ。
初回は、もうとにかくゲネの失敗を繰り返さないこと、練習したことをちゃんとやる!ということを精一杯やりました。初回は本当にお客さんの眼が怖かった。

2日目
この日は2回公演でした。
昼公演
とかくセリフに心血を注いだので、この回はノーミス。初回より良い意味で少し余裕が出てくる。
夜公演
相手とのコミュニケーションを意識することに心血を注ぐ。相手の反応を見る、とか、相手の行動を受けての自分の行動とかをより意識する。

3日目
昼公演
楽屋の手元明かりの電池が切れて、小道具が探せないというちょっと冷やっとしたアクシデント。見当をつけて手探ったら丁度ヒットしてなんとか事なきを得る。
千秋楽
開場してから開演するまでの時間、舞台裏で静かに過ごしていると、これで最後なのか。もうこのカンパニーのみんなで顔を合わせる日々は今日を最後に二度と来ないのかということに突然気づき、だから「これが最後だから悔いないように!」と思っていたけど、始まってみたらそんな気負いすら消えてこの日は完全に全ての事象を舞依の視点で見ていました。舞台裏に居る時でさえ。自分と彼女の考えや感覚やリアルでの共通項が線と線で結びついて、限りなく自分に近いところに居た。舞依を演じるというよりも、「『舞依』という設定や過去を持った私が居たら」という感覚だった。自分と違う誰かを演じているというよりは、演出や劇作家から与えられた、設定、表情、動きの中で生きる自分、という感じだった。

舞依が藤堂に対してどういう気持ちだったのか、彼女から見たこの物語がどういう物だったかがそれを自分の感情として完全にわかった。
柚子と鍵一郎の物語が主軸のこの話の中で、舞依は自分以外の全てに全く興味がない。興味の対象とか、思考とか彼女の全てが「藤堂様」に集結してる。
最初から最後まで「藤堂様」しかない。武とはそれなりに喋るけど、でも根本的にはどうでもいい。自分の目的にそぐうから一緒に居るだけで。
興味の対象以外はどうでも良くて、礼儀とか付き合いとかで興味がある振りすらできないとことか、自分が好きだったり信じてるものだけが重要で、正義とか悪とか良いとか悪いとかはどうでも良い所とか、それによって自分が他人からどう見られてるかもどうでも良い彼女は、自分によく似ていたんだと今さらながら気付いた。
ただ決定的に違うのは、彼女の場合はその対象が人間で、そしてそこで思考を止めているところ。
そこが最初はどうしても相容れられなかったんだけど、でも最後の最後にようやく理解できた。
新藤さんが魅力的な藤堂ジェイソンになってくれてなかったら絶対この境地へは行けなかったと思う。

最後の藤堂と舞依のやりとりの後、藤堂は死んでしまうから、あのやり取りが二人の最後のやりとりだったと思うんだけど、ステージ上から去って行く藤堂を見つめながら、舞依はその後どういう気持ちでこの瞬間を思い出すんだろう、と思った。
いつもなら藤堂と鍵一郎の戦いで流れる英雄にバックステージで超乗ってるのに、この回では全然そんな気持ちにはなれず、舞依が武に負けて戦えない状態で、藤堂と鍵一郎の戦いの様子をうっすら聴いてる気持ちになった。悪をぶっつぶす鍵一郎は間違いなく第三者の視点からでは正義だけど、舞依から見たら尊敬してる大好きな人を勝手な事情で殺されて、鍵一郎は彼女から見たら完全に悪なんだよね。じゃあ善悪とか正義ってなんなの?っていう、私が常々持ってるヒーロー物に対する疑問と舞依の気持ちがここでも近づいた。

元々そういった理由でヒーロー物が苦手で嫌いで、恋愛ものにもどこか疑問を抱いている私は、このカンパニーのやりたいことにそぐわないんじゃないか、稽古場にそぐわないんじゃないのか、こういう作品をやるのにそういうことを思ってていいのか、みたいな葛藤が稽古期間もずっとあって、それも私が稽古に対して感じるしんどさの一つだったんだけど、皮肉にも結果的にはそういう私だったからこそ適役だったんじゃないのかなと思った。戯曲には肌が合わないのに、だからこそ役に整合できたんじゃないかなあと。

演じることはすごい勉強になるな、と思いつつ、辛いことばかりで稽古期間ずっと演じる面白さの感覚がわからずにいたけど、最後の最後で理解できた気がした。

最後の鍵一郎と柚子のシーンでは、「この先舞依はどう生きて行くのかな、」とぼんやり思っていた。

千秋楽はカーテンコールに出ても、終演後お見送りで立っていても、あまりにも役に感情移入したせいか混乱していてなんだかすごく頭がぼんやりしていた。どの気持ちが舞依のものでどの気持ちが自分のものなのか本当にわからなくなった。


そこからばらして、打ち上げ。稽古中言えなかったこととか、感謝の気持ちを特に麻生と新藤さんとまつこに述べた。何から何まではじめてというのもあって、もうほんとに最初から最後まで周りに支えられっぱなしだった。
ほんと生きてて、辛いことだらけな時とか、くそみたいだなって思う瞬間が一杯あるけど、でもそれを凌駕するほど素敵な瞬間が確かにあるんだよなあ。と思った。

演劇に全てを捧げてのめり込む人たちの気持ちがわかった気がした。


打ち上げでは麻生が「最初はどうなることかと思っていたけど、ちゃんとやりきってくれた。小屋入りしてから一度もコンディションに揺れがなかった。」と言ってくれた。
武岡くん(鍵一郎役)に、「麻生にあんなに煽られて、私だったら絶対萎えるのに、きっちり跳ね返って本番では完全にその期待に答えていてすごいと思った。」と感想を述べたら、「ありまさんは、最初と比べてめちゃくちゃ上手になってて、特に小屋入ってからの伸びが顕著でした。」みたいなことを言ってくれて、演技を専業に学んでる人からそう言ってもらえたのはとてもうれしかった。

読ませてもらった最終日のアンケートにも舞依のことに言及してくれてる人が居てうれしかった。
「従順なとこが良いと思った」
「『ありがたき飴』が印象的」
「好み」
個人的にいただいた言葉には、「飄々としていて良い」「ありまが飴ちゃん追いかけるとこが見れただけで観劇の価値があった」「はじめての役者とは思えなかった」
などなど。
うれしかったです。なんかずっと、見られる恐怖心みたいなのを抱えていたけど、そういう風に暖かい言葉をかけてもらえたのは心底うれしかった。
私は「自分」の外郭が客観的に見てどう映るのかっていうのが良くわからなくて、わからないから怖いし、自分では嫌なとこしか目につかないから自分が嫌だったんだけど、でもそういう風に言ってもらえて、色んな人に自分の外側を受け入れてもらえたから、はじめてちゃんと自分の外側を自分で受け入れられたような気がした。自分のことをより理解できた気がする。
もちろん、全然まだまだだなっていうのは自分でもよくわかってる。もし今度役者をやる機会があったら、今回よりももっと上手に演じられるようになりたい。

そこから二次会のカラオケは、最初の方は、役と自分の間がごちゃごちゃしてきて不安定になって外に出たりしてたんだけど、最後の方に戻ってみたら静かになってて落ちつけたから、浜崎さん歌った。浜崎さんの曲はどれも大抵自分の思い出に直結しているので、歌うとなんか役から自分が戻ってくる気がしてほっとした。自分の設定を思い出した。
パーティールームで大画面で浜崎さんのライブ映像見れた!贅沢!

最初の頃は稽古が辛くて、「良くなってきているよ」と言われても、自分では何が良くなってるのか全然わからなくて実感もなくて、ダメなとこだけ眼についてほんとにしんどかったんだけど、最後の方は、自分の内側の調子と外側から見てるみんなからの評価が連動してきたような気がした。


最近ずっと「自分が何を考えてるか?今、私をこれを見て何をどう感じたか」をどうやったら限りなく実際に近い言葉にできるか、みたいなことに心血を注いでいたせいで、自分の所作や動きや身体の大きさ、造り、声、声の音量、表情といった自分の外側の性質や、それが人からはどういう風に見えてるか?みたいなことに全く考えが及んでいなかった、ということをまず最初に気づきました。
でもそういった所を見つめれば見つめるほど、「私は私のことがあんまり好きじゃない」という事実を強烈に意識させられるので、それが辛かったです。
稽古中に「鏡観て練習しよう」「一回動画に撮ってそれを見てみよう」みたいな指示をされるのが一番嫌だった。やったけど。
自分を観るのがとても嫌だったし、「他人から見た自分」を意識するのが苦痛だった。

だけどそういう日々は、色んな事を知る速度が加速度的に上がっていて、毎日何かしらの発見があった。


そして本番を経て、私はより自分の外側も受け入れられるようになった気がする。


ほんとに今回は麻生夢想は、みんなに思い入れがあります。
武岡くんはあのはねっ返りというか、本番直前の演出の難しい要求に本番できっちり答えてたあの姿は本当に尊敬できるなと思ったし、
あんずちゃんは今回で仲良くなれてうれしかった。私の顔を見るたび変顔してきた。柚子可愛かった。最後の柚子の無邪気な姿にいつもぐっと来た。一回あんずちゃんが終電逃してうち来てくれたので一気に仲良くなれた気がした。
松尾さんは、去年総実でも一緒だったけどなんかあんまり彼のこと掴めないまま終わってしまったから、今回帰りの電車とかいつも一緒だったのもあって、仲良くなれた気がしてうれしかった。帰りの電車で私の取り止めない話をちゃんと聴いてくれてほんとにありがたかった。そのおかげで頭が整理できたことが一杯あった。あと面白いのがうらやましかった。
えびさんは、いつも私のめんどくさい絡みにも快く楽しく付き合ってくれたし、経験あるし演技も上手いのに全然それを誇示せずに腰低いし、舞台上の私のミスもカバーしてくれたり、舞台裏でさりげなく小道具手渡してくれたり気をつかっていただけてありがたかった。
ともみちゃんは、完全に麻生夢想での私のアイドルでした。いちいち所作や言うことが私のツボなので、心の中でキャーキャー言ってました。稽古に没頭する毎日でアイドル成分の枯渇していた私の完全なる栄養源でした。日記を読むシーンの切実さにいつも心打たれていました。
すどうさんは、劇中で一番絡みが多かった人でした。私と二人のシーンでは彼はたぶん一度もセリフを間違えなかったのでとてもありがたかった。すどうさんも確か演劇での役者は初めてだったんだけど、セリフ覚えが早くてとても焦った。えびさんと同じく私のめんどくさい絡みに快く楽しく付き合ってくれた。今思えば、同じ演劇での役者初経験のすどうさんを私はバロメーターにしてたふしがあって、すどうさんが出来るようになってると、私ももっとちゃんとやらなきゃ、と焦った。気持ち的にはすどうさんは私の斜め上の成長速度だったので、負けまい負けまいとしてた。舞台裏でも面倒見のよさに助かっていた。
新藤さんには本当に頭が上がらないです。通しの時とか舞台上では私がミスっても完全にカバー・リカバリしてくれたし、舞台裏でもずーっと面倒見られっぱなしでした。新藤さんが居るシーンでは本当に心から安心して演技が出来ました。もう本当に全幅の信頼を置いていました。スタッフにもキャストにも演出にも、色んな方面にいつも気を配っていて、色んな面を俯瞰で見れてて、見るだけじゃなくて、言うべきことはきちんと言うし、でも引くべきとこはしっかり引くし、周りのフォローもするし、自我を通そうとしないし本当にすごいなあと思いました。誰とでもちゃんとコミュニケーション取れるし、1つしか変わらないのに、どうしてそんなに大人なんだろうと思いました。1年後自分がこんな風になれているとはとても思えない。私は一体あとどのくらい歳を重ねれば新藤さんみたいになれるんでしょうか。

そしてスタッフチーム。ほんとにスタッフチームの仕事ぶりや雰囲気の良さに支えられていました。

制作のつるまちゃんは、初めての外小屋での制作だったそうで、大変なこと一杯あっただろうに、稽古場では全然そんなのお首にも出してなかったのですごいなあと思った。
同じく制作の美春ちゃんは、なんかそこに居てくれるだけでなんか場が明るくなるし、バレンタインも律義に作って持ってきてくれてて、私もいただいて、それがうれしかった。小屋入りしてからもいつも掃除とかさりげなく済ませてて、仕事できるのにそれを誇示しないからすごいな、と思います。
出川さんは舞台監督で、お仕事できる上にいつもどっしりと構えててくれるから、すごく安心感がありました。面白いし。打ち上げで仲良くなれて(と私は思ってるけど)うれしかったです。
宣伝美術の高山さんは直接面識はないですが、素敵なフライヤーだなあと思いました。
電気さんの楽曲提供の曲(ゆずこが紅い傘持って出てくるシーンの曲)もとても良い曲で、やっぱり「そのお芝居のために作られた音楽」がステージ上で発揮する力はすごいなと思いました。
美術の駿さんは、やっぱ自分が小道具で使ってたからというのもあるけど、鉄パイプが印象的。塗装がすごいリアルで最初見た時ほんと感動した。
音響のちえちゃん。2年生で関わった全ての舞台にちえちゃんが居て、もうほんと居てくれるだけで私はほっとします。音響も音探しに奔走している姿はぼっちの時も見ていたので、大変だろうなと思いつつきっちり仕事をこなしていた。
照明のあきちゃん。小動物的可愛さを持ってるあきちゃん。照明も格好良かったです。やっぱ音照さんが居てくれるとそれだけで演技に説得力が増すから当たり前だけど稽古場より100倍演じやすかった。殺陣のシーンとかは特にそれが顕著。あとちえちゃんとセットで居るとこ見ると非常に和んだ。
演出助手のまつこ。まつこはいつもぶれない安定感があるので、稽古場がきつくても、まつこが居ると嫌な空気にならなかった。稽古場でのまつこは私にとっての精神安定剤みたいな存在でした。まつこが居なかったら本当に持たなかった。
そして麻生夢想の主宰で今回の作・演出の麻生。色々事情があったらしいとはいえ、よく自分の初外小屋での演劇で、役者初経験のどう考えても器用とは思えない私を使ってくれました。人としても劇作としても演出としても、そして役者としても今回麻生夢想に関われたおかげで本当にたくさんのことを学べました。物覚えが悪いし要領良くないからたくさん迷惑もかけてしまったけれど、本当に感謝しています。
枝葉の部分で色々問題があっても、やっぱり自分がやりたいことをやりきってなおかつ客としての自分が一番見たいものをやってることとか、「こどもからおとなまで、誰でも気軽に楽しめる舞台」という劇団の主軸とかは一度もぶれていなくて、そこはすごいなと思いました。主宰として締める部分はきっちり締めてたし、麻生夢想所属メンバー内での連携も取れてたし、純粋にすごいなと思いました。これだけ良い人達揃えて良い環境でこのお芝居を造ることができたのはひとえに彼の人徳と努力の賜物だと思います。

それから、来ていただいたお客さんにはほんとに感謝しています。特に私をきっかけに来て下さった方が何人かいらっしゃって本当にうれしかったです。
ツイッターで宣伝したりもしてみたものの、私が関わってるからって絶対誰も興味持つわけがないと確信を持ってそう思っていたので、驚きましたしうれしかったです。
きっかけが私だったってだけで、純粋に劇そのものを楽しんでいただけた方が多かったのもうれしかったことのひとつです。
色々感想も聴かせていただけてうれしかったですし、こんな風に感想がもらえる麻生がうらやましくて仕方なかったです。


ほんとに今回この舞台に関われて幸せでした。この経験を糧に劇作としても人としても精進して行きたいと思います。