2010年代に正社員で就業してみる価値 私編

特別になりたいという気持ちよりも定型の人間になりたかった、私が持ってる異質さなんか全部掃いて捨てていい、平凡な普通の家庭で普通に育ってみたかったという気持ちが強すぎて

入った大学の学部の「ふつうじゃないがふつうです」というキャッチコピー、全く共感できなさすぎてどうしよう、という感じだった。

特別になりたがるひとを見ても、私がごみのように扱っているそれがなんでそんなに欲しいの??

という目でしか見られなかった

 

就職率、50パーセントあるの?というあの学校で、それでも私が就職を選んだのはいくつか理由があるけど

22年色々あったけど、結論だけ「大学を卒業して就職」と帳尻を合わせてしまえば、今度こそ定型の人間になれるのでは?

という夢や希望が打ち捨てられなかった

のも理由の一つにあったとおもう。今思えば。

 

で就職してしばらくは、やった!!!定型の人間になれたぞ!!!それ見たことか!!!

と思ってたけど、でも数年して今、気付いたら、あれ、精一杯自分なりに定型をなぞってきたはずなのに、結局全然定型の大人になれてないじゃん…

 

でもよく考えたらそりゃそうじゃんって感じだけど、普通の家庭で小中高大と出て就職した人は必ず絶対人畜無害で平凡な人間なのか?ってそんなこと在り得ないじゃん…。

どんな出自でも偉人から犯罪者まで生まれ得る…。

 

という、人によっては最初からわかっている当たり前のことを実感を持って理解するまでどうしてこんなに時間がかかってしまったけど、でももし大学卒業時に就職を選んでいなかったら、新卒で就職して会社員になっていればまともな人間になれていたのかもしれなかったのに…という幻想に今でも私は苦しんでいたかもしれないので、就職してみてよかったです。

特にやりたいことも収入のあてもないのなら、すぐにやめてもいいから1回は就職してみる価値があるのかもしれないと思った。定型になりきれない人の中でも一部の人達は、定型に可能な限り擬態することで自分を生きやすくさせるという側面もたぶんあるので