「怒りの制し方」とは。

中村元訳 ブッダのことばースッタニパーター」を読んでるんだけど第一文からすでに引っかかっている…。

蛇の毒が(身体のすみずみに)ひろがるのを薬で制するように、怒りが起こったのを制する修行者(比丘(びく))は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

 「湧きあがった怒りを制しよう」って単純にそう思ってもなかなか難しくないか??もっと詳しく湧きあがった怒りの制し方も書いてくれ!!と思ったけど書いてくれないので、代わりに私が自分の場合の怒りの制し方をここで書くことにした

 

1、今自分に湧きあがった怒りの矛先は、誰に向けるべき怒りなのかをきちんと理性的に検討する

例えば、CDの握手券商法腹立つわ~~と思った時、ぱっと怒りはアイドルグループ自体に向かいがちだけど、でも握手券商法の成り立ちや狙いを考えたら、たぶんアイドル自体に批判や怒りが集まるより、オリコンに批判が集まった方が状況は変わりやすい。オリコンが「握手券付けたCDの購入は一切カウントしません」、といえば、アイドルがCDに握手券を付ける意味がなくなるから。

あと、産休を取った人がいて自分が極端に忙しくなった!!となった時も、怒りは産休を取った人に向かいやすいけど本当は欠けた人員に手当してくれない会社の体制を批判して体制が変わった方が、自分に子どもが出来た時に産休を取りやすくなる

とかく人は、本当に怒りを向けるべき相手ではなく、怒りをぶつけやすい相手に当たり散らして溜飲を下げるだけってことになりやすいし、しかしそれでは何も状況は変わらないという悪循環に陥りがちな気がするから…。

 

2、怒りを向けるべき相手がはっきりしたら、その相手に対して自分には何ができるかを検討して実行する

例えば、「この飲食店のキャンセル料は不当に高いのでは?」と思って、店員のバイトの子に当たり散らしてもしょうがない、SNSで愚痴ってもしょうがない、となった時には、消費生活センターに通報するとか、責任者を呼び出して直談判、あるいはメール、電話する、究極では裁判を起こすとか、自分の怒り度合いや体力に合わせてどこまでやれるのかを考えて実際に実行する

 

3、自分に湧きあがった怒りに対して対処できることは全てやったと思ったら、あとはもう諦める。寝たり遊んだり愚痴ったりして極力怒りの記憶を薄らげる。

 

この3段階を踏むことが、私にとって一番誠実な自分自身の怒りへの対処の仕方なんだけど、しかし果たしてこの対処は「怒りを制する」と呼ぶのか?と言われるとそれはわからない。

でも自分の怒りを思考の中でただ抑えつけるとか、なかったことにするとかは私にはたぶん無理なことだし、それってなんか自分に対して不誠実じゃない?とおもうんだけど