愛欲が否定されるのは、健全な組織運営のため?

スッタニパータの二行目にはこうある。

 

2 池に生える蓮華を、水にもぐって折り取るように、すっかり愛欲を断ってしまった修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。 ──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

 

宗教で愛欲が否定されがちなの、カルト宗教とかって「俺と性行為をすればご利益があるから」的な下劣な権力者が現れやすい環境でもあるから、教団としてそういう人間の出現を抑制するための、組織運営的に必要にかられている意味合いもあるのかなーとかも思ったのですが、どうなのでしょうか。全然詳しくはないです。

スッタニパータに関しては全ての欲や感情の昂りを捨てろという文脈の中で、具体的な欲の一つとして愛欲も上げているだけに過ぎないのでしょうが。

 

 

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)