「自分は本当は◎◎になりたい。だから××は本業じゃない」について

6 内に怒ることなく、世の栄枯盛衰を超越した修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。 ──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

 

注釈を見ると、「世の栄枯盛衰を超越した」は「こうなりたい・ああなりたいという気持ちを超越した」という意味なんじゃないか?みたいなことが書いてあった。

それを読んで、私は以前水野しずさんの、ピーター・メロスという自分の取材に来たライターさんに対しての逆インタビューな様相の記事を読んだことを思い出した。「ピーターさんはどうしてそんなにインタビュイーに対して失礼な態度を取れるのか、ライター業に真剣に取り組まずにいられるのか」というその原因に迫るような内容だった。

ミスID水野しず。やる気の感じられない態度で取材に来た記者に強烈な説教をキメる | ピーター・メロスの人生エラーランド

その原因は、ライター業に真摯に取り組むことが一番小説を書くことに対してもプラスになるのは間違いないのに、「自分は本当は小説家になりたい(自分は小説家であるはずだ)だからライターは本業じゃない」という気持ちが、その事実を見えなくさせてしまっている、ということなのかなと思った。

 

だからそういう風に、

「◎◎になりたい」という思いだけが先走ると、今この場で一番自分がなすべきことがわからなくなってしまう

という、そういう事実のことをこの一文は言っているんだと思う。

 

 

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

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